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 男は空港のゲートを通りすぎ、敷地の外へ出て、もうすぐ車のそばまで来ていた。 「失礼、ミスター」  ロイドは軽い調子で正面から声をかける。両脇から挟むような形で、カートも笑顔で近づく。  男は無造作に足を止めた。 「何かお困りですか?」  ロイドは自然な様子で男の行く手を遮る。  男は立ち止まったまま、前触れなく目の前に現れた二人を黒いサングラス越しに見返した。その態度は、保安官の制服を身につけた男性たちを注意深く観察しているようだった。 「どうして俺が困っているとでも?」  少しして、男は言った。面白がっているようだった。 「我々のホスピタリィが、あなたが困っているとキャッチしたんです。強盗とでも勇敢に闘ったような格好をされていらっしゃるので」  ロイドはジョークで指摘する。カートもにやにやと笑う。 「鋭いな」  自分が揶揄されても、男は怒りもしなかった。 「さすがテキサスだ。俺の服装にもケチつける温かいホスピタリィに感動する。あとで州法を教えてくれ。カウボーイハットをかぶっていないと、保安官にジョークの刑にされるのか?」 「それは知事が共和党に代わってから、廃止になりました」  カートが自分のカウボーイハットに手をおいて、愉しそうに言い返す。  男は二人が全く引き下がる気配がないことを感じ取ると、仕方なさそうに大仰にため息をついた。 「わかった。一体何が保安官たちの機嫌を損ねたのか知らないが、俺は確かに今困っている。よかったら聞いてくれ」 「何でしょう」  ロイドは保安官助手時代に習得したお愛想笑みを貼りつける。  男は肩をすくめた。 「おんぼろな飛行機に無理やり乗せられた。ようやくここに到着したら、すぐに放り出された。気分悪く歩いていたら、保安官たちに包囲された。人生最悪だ。どうすればいいんだ?」 「ここへ来た目的は何ですか?」  ロイドは副保安官の声で質問する。 「仕事だ。強盗と闘ったり、追いかけたり」 「真面目に答えてもらえますか?」  男は心外だというように首をかしげる。 「本当に仕事だ。今回は強盗じゃなくて、殺人犯だけどな」  その言葉に、副保安官と保安官助手は妙な表情になった。 「苛々しているのはよくわかった」  男はなだめるように言う。 「だが、俺も苛々しているんだ。時間が遅れたのは、おんぼろな飛行機が墜落しないように、恐る恐る操縦していたからだ。なんせ、くそったれの連邦機関のくせに金がないからな。使えるものは、スクラップ寸前でもこき使えっていうのが、俺たちのモットーだ」 「……」  ロイドとカートはまるで示し合わせたように横目でちらっと視線を合わせた。瞬時に様々な言葉が互いの目だけで交わされる。――おい、どういうことだ?――まさか嘘だろう?――タイミングはぴったりだ――でもこんな胡散臭そうな奴――元々胡散臭い連中だからな―― 「で、予定時刻より一時間以上も遅れた俺はどうなるんだ?」  男は無言で視線を交わす二人を、興味津々で眺めている。  保安官たちは小さく頷きあうと、ロイドが尋ねた。 「で、あなたはどちらからいらしたんですか?」  その慇懃無礼な口調に、男が笑った。 「ワシントンだ。知っているだろう? 全米一の悪の巣窟さ」 「勿論です。で、あなたのご職業は?」 「ああ、今見せる」  男は黒いサングラスを外した。表れたのは二十代後半の精悍な容貌だが、その顔が何やらいたずらを仕掛ける小僧のようにニヤッと笑った。 「俺の目の中を見てみろ」  男は自分を指して、二人に顔を寄せる。  ロイドとカートは、不審そうに男のダークブラウンの瞳を覗き込んだ。 「目の中から、三つのアルファベットが見えてきただろう?」  まるでマジックショーでもやっているかのように、男は饒舌だ。 「そのアルファベットはお前たちの嫌いな文字だ。つまり、くそったれ野郎のFとBとIってわけさ」  そう言うと、トラヴィスは不敵に笑って二人へ握手を求めた。  前日、トラヴィスは上司のパトリックから呼び出された。 「君に、テキサスヘ行ってもらう」  パトリックは書類が溜まっているデスクの向こうから、穏やかに告げた。 「テキサス?」  トラヴィスは朝に同僚のヒースから寝癖をからかわれた後頭部を撫でながら、意外そうに聞き返した。 「そう、テキサス。南部の州だ」 「OK。この俺でも知っている有名な場所だな」  パトリックは調子のよいジョークに口元で微笑む。 「そこのフォートストックトンという町で、殺人事件が起きた。その捜査に行ってもらう」 「大変な事件ってわけか」  トラヴィスはテロ対策班に所属している。通常、他の管轄へ回されるのは人手が足りないときだ。それはすなわち、捜査が大規模になっているということである。 「そうかもしれない」  だがパトリックは曖昧に返事をして、事件の概要を簡潔に説明した。それを聞いたトラヴィスは違和感を覚えた。 「ちょっと待ってくれ、リック。それは俺たちの管轄なのか?」 「そうだ、テキサス州知事の要請があったからね」  パトリックはパイプ椅子から立ち上がると、デスクの一番上にあった書類を手に取った。 「我々は州知事の要請を受けて捜査をする。それを忘れないように」 「忘れたら、俺がひどい目にあうってわけか?」 「その通りだ」  パトリックは穏やかなまま容赦なく頷く。 「今回は君一人での行動になる。十分に気をつけて行きたまえ」 「了解」  トラヴィスはなぜ自分一人だけが呼ばれたのかわかった。パートナーのミリアムは数日前にシカゴ支局へ派遣され、シカゴから始まった連続殺人事件の捜査の応援にあたっている。なぜ自分はその捜査から外されたのか腑に落ちなかったが、今パトリックの説明で謎が解けた。 「つまり、この事件は厄介だってことだな」 「否定はしない」  パトリックは苦笑いしながら、書類をトラヴィスへ手渡す。 「これに詳しく記載されている。今日中に読み終えるように」 「了解」  書類の厚みを手で確かめながら、トラヴィスはおどけるように言った。 「お望みどおり、ひどい目にあってくる」 「君なら大丈夫だ、トラヴィス」   パトリックは気安く請け負う。 「今回、君が派遣されるのは上層部の意向だ。君の熱心な仕事ぶりに期待しているんだよ、トラヴィス」 「俺に期待するなら、心臓発作を覚悟しとけと言っといてくれ、リック」  散々本部内で文句を言われているトラヴィスは、その上層部の嫌がらせのような捜査命令に悪態を吐きまくる。 「こんな厄介そうな事件をFBI期待のまぬけ野郎に押しつけるなんて、最高のジョークだ。いつ誰に訴えられてもいいように、今から法律顧問を用意しとけってちゃんと言っといてくれ。そうすれば、俺も安心してくそったれの期待に応えられるってもんだ」  びっしりと文章で埋まっている書類を睨みつけると、面白くなさそうに指先で弾く。 「了解だ、トラヴィス」  パトリックは絶好調に回る舌に、満足そうに相槌を打った。 「君の要望はちゃんと伝えておくよ、ギャロウェイ副長官へ」  トラヴィスはその意外な名前に、驚いたように顔をあげた。

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