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第10話

 奥の方まで、するにはどうすれば良いだろう。  そんなことを考えている蓮の横顔を見て、クラスメイトがぼうっと見惚れている。深い思索に耽っているような姿だが、実際、考えていることといえば、より素晴らしい自慰行為のことである。 「あの、鳩ヶ谷くん」  クラスメイトに声を掛けられて、蓮は振り返る。内心、思考を分断されてイラッとしたが、表には出さないでおいた。 「ん? なに?」 「なんか、鳩ヶ谷くん、考えごと? してるようだったから、どんなことを考えてるのかな、って」  蓮が、名前も覚えていないクラスメイトは、顔を赤らめながら、そう、問うた。考え事をしていると解っているなら、そもそも声を掛けるなよ、と言いたくなったが、笑顔でその言葉を踏み潰す。 「大したことは考えてないよ。明日のテストが気になるな、とか……」 「あ、そうなんだ。てっきり、音楽とか詩のこととかを考えてるのかと思った」  一体それはどんなキャラなのか、蓮は自分のイメージを疑うが、この間の、啓司とのやりとりのせいだということを思い出した。 「鷲尾くんと音楽の話をしてたから?」 「えっ!? あ、うん。そうなんだ。だから、もしよかったら、一緒にコンサートとか、どうかなと思って」  顔を真っ赤にして、誘ってくるクラスメイトに、蓮は、反射的に嫌悪感を抱いた。 「クラスメイトと出掛けてはいけないって、うちの家がうるさくて、誘ってくれて悪いけど」 「えっ? あれこれ外に遊びに行ってるって噂……」  そこまで呟いて、ハッとしたように彼は口を手で押さえた。蓮に関する噂ならば、蓮自身が承知している。 「クラスメイトに、そういう目で見られていたのは、悲しいね」  それだけ告げて、蓮は本を取り出して読み始める。難解な文学作品だ。はっきり言って、まったく内容はわからない。目が、文字を追っても、内容が分からない。腹が立っていた。努めて冷静でいたが、腸が煮えくり返るように、腹の底が、熱くなる。顔には笑顔を張り付かせているが、その仮面が、たやすく外れそうだった。  蓮のほうから啓司を、求めて行くのは良い。啓司には悪いが、気持ちよさだけはあるだろうし、やめろといわれたら、引くつもりだった。 (僕は、鷲尾くんが好きだけど、鷲尾くんには関係がないし)  そういう意味では、啓司が、蓮を手軽に『抜いて』くれるための道具として、都合よく扱ってくれることが望みだ。  どうせ、男同士でうまくいくはずもない。ならば、このまま、気持ちの部分は繋がらず、気持ちよさだけで繋がっていたい。  それが蓮の弱さだとは知っていたけれど。  あわよくば、校内でも有名なビッチである蓮と一回や二回、寝てみたいという輩は多い。  連れ込まれそうになったこともあるので、極力ひと気のないところへ行くのは避けている。  本当は図書館へいきたかったが、今日のクラスメイトのことを考えると、気が滅入る。部屋にいたほうがいくらかマシだった。 (結局、自分でする方法も、分からないし……)  なんとなく今まで躊躇っていたが、スマホから調べてみることにした。シークレットモードで調べれば良いだけだ。  人目を忍んで、検索を、掛けてみる。授業中でもスマホの使用は認められていた。わからないことがあればその場で調べるのは効率が良い。それでゲームや他のことをしているようならば、それは本人の責任ということになる。 『アナニー やり方』  アナニー、という単語を入力するだけでも、緊張した。バレているのではないか、とも思ったし、『噂通り』のビッチではないかとも思う。  先生が、真面目な顔をして、英文を読み上げている。柔らかなクイーンズ・イングリッシュは、耳に心地よくて、音楽のようだった。このイディオムは大変よく使われるので、しっかり覚えておきましょう。次の試験にも出しますよという親切な一言付きで。  その間に、蓮がスマホで調べているのは、授業中に調べるような単語ではない。検索はすぐに出てきた。センシティブな検索をしている旨の警告がブラウザに表示されている。どきどきしながら、記事をタップする。  目当ての情報には、すぐに行き着いた。  最近、この行動をする人は多い。すぐには、快楽を拾えないからじっくり急がずに開発をすることが大切で、危険もあるから、やり方には注意しなければならないというのも書いてある。  本来、受け入れるべき器官ではないので、そこが切れたりすると大変だし、雑菌が多い場所でもある。そういうような細かな理由まで書かれていた。 「鳩ヶ谷さん、何か、わからないところがあるのですか」  英語教師が、親切に聞いてくる。金髪碧眼の男性教師で、母国はイギリスだったはずだが、日本人より流暢な日本語を話すとして有名な教師だった。 「あ、はい。授業の内容とは少し外れますが」  と前置きしている間に、蓮は時間を稼ぐ。ゆっくりと。これを告げるのに六秒。それで、授業とは離れた質問を考えれば、この場はごまかせる。こういうテクニックばかり、上手くなった自覚はある。 「なんでしょう」 「先生の発音ですと、先ほどの単語が、聞きにくかったのですが、この単語もイギリスの英語とアメリカの英語で、少し異なるのかと思って」 「なるほど、良い質問ですね。試験対策などには、両方の発音に慣れておく必要があります。最近の親切なリスニングの試験は、様々な国の英語を聞かせますからね。ちなみに、今の単語は……」  先生は美しい発音で、一つの単語を何通りかの発音で発声してくれた。実際、蓮のスマホには、英語の発音など全く関係ない、アナルを使った自慰行為のやり方だけが並んでいるのが申し訳なくなる。 「鳩ヶ谷さんは、耳が良いのですね。後で、準備室にいらっしゃい」  えっ、という間もなく、英語教師は、その先に進んでしまう。本当は、バレているのではないか。と、背筋に、嫌な汗が流れていく。  もし、バレているのだとしたら、何を言われるだろう。  美しい英語を聞きながら、蓮は、授業が全く頭に入ってこなくなっていた。

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