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#1 突然の異世界
僕──乙春ミコトは、ちょっと変わった趣味を持っている。それは、男なのに少女漫画や乙女ゲームなどが好きなことだ。
2つ歳上の姉のレイカが、女子のオタクが好きそうな本やゲームを集めていて、かなりの熱量で教え込まれた結果、僕も好きになってしまった。
「乙女ゲーム……?」
ある日姉から、とあるゲームを渡された。
「良いからやってみて! イケメンたくさんだし、話も奥深くて良いのよ〜!」
なるほど、いつも通り布教したいゲームを持ってきたのか。
「分かったよ」
「クリアしたら、感想聞かせてねっ!」
パチンとウインクして言い放つと、姉は颯爽と自分の部屋へ戻って行ってしまった。
「ゲームか。ちょうど夏休みだし、やってみても良いかもな。えーっと、タイトルは……」
パッケージを見てみたが、なぜかタイトルらしき文字が見当たらない。花模様のキラキラとした背景に、5人の美男子が描かれているだけだ。
中を開けようとした瞬間、僕の意識は途絶えた。
「ぉい……おい! 大丈夫かっ?!」
誰かの声で目を開ける。赤い夕陽が眩しい……。
「良かった、意識はあるみたいだね。ヤナギ、この人を城まで運んでくれるかい? もうすぐ日が暮れる。この辺りの夜は危険だ」
「かしこまりました」
「あの、ここは一体……」
少し起き上がり周りを見渡すと、どこも木々が生い茂っている。
「安心して。心配せずとも良い。私は君の味方だ」
ヤナギと呼ばれた人が、僕の体を軽々と持ち上げ、そばに居る馬に乗せた。
「行くぞ、ヤナギ」
「はっ!」
軽快に走り出した馬に揺られながら僕は、(今時馬で移動する人なんているのか……?)と考えているうちにまた気を失っていた。
また目覚めると、知らない天井……。
「あの……」
側に人がいる。僕の声に反応して、その人は少し安堵したように息を吐いた。
「やっと目覚めましたか。覚えていますか? あなたは昨日森で倒れていたんですよ」
うっすらとした記憶だが、覚えている。この人は僕を馬に乗せてくれた人だ。ヤナギって呼ばれてたかな。
「見ず知らずの者を城に招くのは、少々不安でしたが……寛大な措置をとられた王子に感謝してくださいね」
そう言い終えたと同時に、部屋のドアがコンコンとノックされた。ドアを開けにいくヤナギ。
「ヤナギ、その人の容態はどうだ?」
「今、目覚めましたよ」
ふわりと、部屋に入ってきた男を見て、僕は目を見開いた。
白に近い輝く金髪、長いまつ毛に爽やかなグリーンの瞳。王子と呼ばれるのにふさわしく、紛れもない美青年だ。よく見れば隣にいるヤナギという人も、かなり整った顔立ちをしている。
「あぁ、良かった。朝から心配していたんだよ」
金髪の男は半身起き上がる僕に近づいて、手を取り言った。
「初めまして、私の名はシオン。昨夕、帰り道にて君が倒れているのを見かけて、城に連れて帰ったのだ」
「城……ですか?」
「あぁ、ここはグラジオス王国の城だよ」
僕はぼんやりとした頭で考える。王国、城、王子……? あまり現実味の無い言葉だ。まるでゲームの世界のような……。
そんな僕の思考は、ヤナギの咳払いで一旦停止。
「私はシオン王子の従者、ヤナギ・サリストルと申します。差し支えなければ、あなた様も名乗られてはいかがでしょう」
「ぼっ僕は、ミコトといいます!」
「ミコト、君は昨日のことを覚えているかい? 何故あのような場所で倒れていたのだ」
「それは……」
──そうだ、僕、姉から乙女ゲームを借りて、それを開けようとしたら……。
そう思ったが、なんて説明したら良いか分からない。
「あまり、覚えていなくて……」
「記憶が、混濁しているのでしょうか」
顎に手を当てて俯くヤナギに、シオンが問う。
「治療師は、なんと?」
「体に特別異常はないそうです」
「そうか……仕方あるまい。ミコト、君の記憶が戻るまでこの城に居ると良い」
「ですが、シオン様……!」
「ミコトの事は他の者にも調べさせよう。それと、カノキ!」
「はっ!」
天井?のどこからかシュタッと降り立ち現れたのは、目付きの鋭い男。だがしっかりと美男子だ……。
「彼に付き添うように。何かあれば君の判断で捕まえてくれ」
「かしこまりました」
「カノキは頼りになる用心棒だ。君が何もしなければ、安全を守ってくれるよ」
これで良いでしょ?と優しく微笑むシオンに、ヤナギはやれやれとため息をついた。
「分かりました。では行きましょう」
「えー、もう?」
あれ──?
シオンのさっきまでと違う砕けたような話し方、ヤナギを見つめる瞳は、少し熱を帯びている。
「まだ仕事が残っているでしょう? 行きますよ」
ヤナギが片手で背中を押すようにしながら、シオンと部屋の外へ出て行った。
──この、雰囲気は……っ!
姉のオタク守備範囲は広い。その中でもかなりの割合を占めていたジャンル──ボーイズラブ?
なんとなく察せてしまったのは姉の影響か、それとも──
渦巻く思考を整理させるように、僕はまたベッドに体を沈めた。
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