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ピアス③
「——ほんとに開けていいの?」
それから数日後。
ニードルを購入してきた響は、奏に道具一式を渡し、「良いよ」と答えた。
「奏と同じ場所——乳首もへそも、幸い服を着てれば見える場所じゃないし」
「……」
奏は太い針の先を見つめた。
「……こんなの刺したら、痛そう」
「奏だって同じ痛みに耐えたんでしょ?
俺も奏と同じ痛みを共有したいと思ったんだよ」
「でも……」
奏は躊躇いながら針を机に戻した。
「俺——響に『俺の』って痕を残したいっては確かに思ったよ。
でも、同じ痛みを味わって欲しい訳じゃない。
自分がピアスを開けさせられたのはずっと昔だからすっかり忘れていたけど、改めて針を見たら……。
こんな太くて尖ってるもので響の身体を刺すなんて、とても出来ない」
奏は、服を脱いで上半身を裸にしている響をじろじろと見た。
「……それに、響にボディピアスは似合わないと思う……」
「それは俺も思う」
響は苦笑いを浮かべた。
「でも奏が開けてくれるなら、俺ずっとピアス付けておくよ。
自分の身体を見るたびに、奏のことが頭に浮かんでくるだろ?」
「……ちょっと前まで、お互いにピアスを開ける学生のことを『若さゆえ』とか他人事みたいに言ってたのに、どういう心境の変化なの」
「俺も若いからだよ」
「……あ、そ」
奏は息を吐くと、再び針を手に持った。
「……じゃあ、とりあえず今日はおへそだけ……」
「うん。穴開けよろしくね」
響はソファに仰向けで寝転がると、ニッと微笑んだ。
奏が穴の中に消毒液を垂らすと、響は思わず身体をよじらせた。
「あっ。溢れる」
「ごめ……っ、ふふ、なんかくすぐったかった」
「じっとしてないと、手元が狂うから大人しくしてて」
「はいはい」
奏は消毒液を拭った後、緊張した手つきで針を持つと、響のへそ上部の肉をつまみ、専用のクリップで挟んだ。
自分の服を捲り上げ、自身のへそピアスが開いている位置を確かめながら、響のクリップを微調整すると、ニードルの先を当てがった。
「じゃあ……いくよ?」
「うん」
奏は恐る恐る針を差し込んだものの、思っていたよりも肉は硬く、軽い力では先端が刺さっているだけでそこから先に進んでくれなかった。
「どう?開いた?」
「だめ……全然貫通しない」
奏が焦った様子で言うと、響は奏の手元に視線を向け
「もっとぎゅっと押し込んでみたら?」
と言った。
「そんなことしたら、痛くない?」
「でも貫通するまで終わらないし」
「……じゃあ、押し込むよ」
「うん——んッ!」
自分の内部に鋭い棘が突き刺さるような感覚と共に、じわじわと痛みが襲ってくる。
「痛い?」
「ん……まあ……平気」
成人してる大人だし、自分で開けたいとも言ったし、怖くは無かった。
でも、痛いものは痛いな——
響は、腹部がジンジンと熱くなるのに耐えながら、奏も味わったであろう痛みをじっくりと感じた。
響が痛みに顔を歪ませる最中にも、奏は響のへその上を突き破って僅かに露出しているシャフトへキャッチを被せていった。
「……はぁ。結構、力が要ったな……」
「終わった?」
「うん、終わった」
奏が答えると、響はゆっくりと起き上がり、自分の腹部をまじまじと眺めた。
これまでは気にしたこともなかった自分のへそに、今は鈍く光るピアスが嵌っている。
見慣れない光景を暫く観察していると、奏がそわそわとした様子で尋ねた。
「……ちゃんと真っ直ぐ刺せたかな……。
幅とか位置とか、これで合ってるのかわかんない……」
「奏のと見比べてみればいいんじゃない?」
響は立ち上がり、奏の服を捲り上げた。
そして奏のヘソと自分のヘソとを見比べると、こう言った。
「奏のより、俺のピアスの方が真っ直ぐ綺麗に開いてる気がする。
奏、開けるの上手だね」
「……ほんと?」
奏は顔を上げると、ほっとため息を漏らした。
「こんなこと初めてしたから、緊張した……。
もし間違えたら、取り返しつかないし……」
「間違っても開け直せばいいだけでは?」
「でも、間違って刺した痕は残るじゃん……」
「そんな小さな傷痕、俺気にしないよ」
響は笑みを浮かべると、
「お疲れさま」
と奏の頭を撫でようとした。
その時、奏が全身に汗をかいていたことに気付く。
大量の汗を流したためか、髪の毛まで湿っぽくなっている奏の頭を撫でながら、
「こんなに汗をかくほど緊張してたのか」
と言った。
「……穴を開けられる側の俺より、奏の方がよっぽどしんどそうだったもんな」
「ん……。響の身体に痕を作れたのは嬉しい……けど、こんな思いはもうしたくないかも」
奏は、まだ何の飾りも付いていない響の乳首を見ると、
「こっちはこのままにさせて」
と言った。
「多分、乳首のほうが難しいし、痛いと思う。
響はそれにも耐えるって言うかもだけど、俺の心臓がもたない」
「そっか」
響は頷くと、
「じゃあ、へそピだけお揃いだね」
と微笑んだ。
「お揃い……」
奏は自分と響のへそを何度も見比べ、少し嬉しそうに唇の端を上げた。
「——これで、響がどこにいても繋がっていられるね」
「乙女だなあ、奏は」
響はクスクス笑うと、奏を抱き寄せた。
お互いのピアスが当たり、開けたばかりの場所が鈍く痛む。
しかしその痛みさえ、響にとっては愛おしく思えた。
「繋がってるのは、ここだけじゃないよ。
心も繋がってると思ってるし。
——そもそも俺たちは音楽で繋がったんだから」
「……ん」
奏は頷くと、響のへそピアスにそっと触れた。
「おへそって、母親と胎内で繋がってた痕でしょ。
俺、自分のおへそを見るたびに、あの人と繋がっていたって事実に抵抗を感じてた。
ピアスを開けたのもあの人だし」
「……うん」
「でも今は——おへそは響と繋がってる場所だって思えて嬉しい」
「うん。開けてくれてありがと」
「こっちこそ……」
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