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第16話 鈍感と純粋

  『たった一人の貴重な大賢者が心を病まないよう、くれぐれも気をつけることだ!』  国王に言われて初めて… “大賢者を守る”ことには、外敵はもちろんだが、大賢者自身の健康状態も守るという意味も、含まれていることを、今さらだがアニマシオンは知った。  そして、カジェのことを考えるうちに、親代わりだった先代の大賢者ピントゥラが、役目を終えて地下から()った後… カジェは初めて1人っきりの生活を体験することとなる。  今までそのことに気付かなかった、自分の鈍感な(いた)らなさにアニマシオンはゾッとする。 「クソッ…! カジェ…」  地下の暮らしに慣れているカジェなら、儀式を待たせることに何の問題も無いと… 私だけがそう思い込んでいた! 私が儀式を延期する話をした時、カジェはあんなに不安そうな顔をしていたのに! なぜ、私はあの時、カジェに気づかう言葉の1つもやらなかったんだ?! そうしていれば、カジェの不安を知ることが出来たはずだ!! 私はなんてマヌケなんだ?!   国王が退室することで晩餐(ばんさん)を終えたアニマシオンは、上着のポケットに入れていた転移(てんい)魔法の魔道具を使い、その場から地下の秘儀(ひぎ)の間へと直接移動した。  薄暗い秘儀の間のどこかから、チョロチョロと水音が聞こえ… 「…カジェ?!」  水音が聞こえる… どこだ? カジェはどこにいる?! 「殿下?」  小さく弱々しい声が聞こえ、アニマシオンが振り向くと… 秘儀の間のすみに作られた石造りの泉に入り、身体を清めるカジェの姿を見つけた。  泉と言っても()き水ではなく、地上の神官たちが祈りを捧げて作られた、神殿の聖水をひいた人工の泉である。 「ああ… そこにいたのか、カジェ!」  アニマシオンが、あわててかけ寄ると… カジェもあわてて泉からザバザバと水を()ね飛ばしながら出て、用意していた布で濡れた身体をぬぐう。 「申し訳ありません、殿下… お迎えする支度(したく)が遅れてしまい… せっかく来ていただけたのに、お忙しい殿下をお待たせして、申し訳ありません… すぐに… すぐに儀式を行えるように、準備しますから… どうか、少しだけお待ちください!」  薄暗い明かりの下でもわかるほど、カジェは動揺し… 少しでも待たせたら、アニマシオンは地上に返ってしまうのではないかと、ひどく(あせ)っていた。 「カジェ、あわてなくて良い… 私の方こそ散々待たせてすまない! いくらでも待つから… そんなに急がなくても大丈夫だ! カジェ、大丈夫だ!」  ああ、私がカジェをこんなにも、動揺させていたのだな?! 可愛そうなことをしていた! 私が薄情だったから… カジェを悲しませてしまった! こんなことは2度としない! 絶対にしないぞ!!  水で濡れた華奢(きゃしゃ)な身体を引き寄せて、アニマシオンは抱きしめた。 「殿下… 殿下… 申し訳ありません」    涙声でカジェはアニマシオンにしがみついた。 「謝るな… 悪いのは私だ! “(つがい)”を置いて行った私が悪かった! 許してくれカジェ! もう、こんなことはしないから… 薄情な私が悪かった!」 「殿下… どうすれば殿下に… 僕は…好きになって… もら…えますか?」   グスッ… グスッ… と鼻を鳴らしながらカジェは、アニマシオンに切実な声で(うった)えた。    「もう少し自分の気持ちを、口に出してもらえると嬉しいよ… 私は時々、とんでもなく人の心に鈍感になるんだ…」  表情やしぐさ、口調や声で相手の心を読むのは、王族が持つ基本的な技術だが… 心を許した相手には、いつもは胸の奥に隠している私の傲慢(ごうまん)さが表に出て、自分勝手に主張するという悪い癖が出てしまうから…  カジェには“番”となった時から、アニマシオンはずっと心を許していた。 「殿下ぁ… 殿下ぁ…! たくさん、来て欲しい! 僕は… たくさん… 殿下に抱いて…欲しいのです!」  顔をあげて、涙をにじませキラキラと光る瞳が、ずっと寂しかったとアニマシオンに語りかけて来た。  その瞬間、アニマシオンの心臓はギュッ… とカジェに捕まる。 「カジェ……! 本当に抱いて良いのか? 一度始めると、私は(けだもの)のようにカジェを抱きつぶすまで、止まらないぞ?」 「ずっと… 殿下を感じて…いたいから… それが… 良いのです!」 「儀式に関係なく、カジェを抱きたいと言っても… 良いのか?」 「そうなったら、僕はすごく嬉しいです! だって僕は、殿下とお会いする前から、ずっと殿下を愛していましたから… それでも足りないぐらいです!」  ふわりとカジェからオメガの誘惑フェロモンが立ちのぼり、アニマシオンは包まれる。 

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