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第1話

香歴(こうれき)20年、とある国同士が戦争を起こした。 世界で最も大きい大国と名もない小国との戦争…どちらが勝つかなんて一目瞭然だった。 そして、小国が難攻不落として知れ渡る戦いでもあった。 勝ったのは大国、なのに小国を手に入れる事は出来なかった。 小国は一人の騎士により大国を追い詰めていた。 死者は数万となった大きな戦いだった。 大国も負けを確信していた。 しかし大国の騎士団長の首を狙う寸前で小国の騎士は剣を置いた。 大国の騎士団長は何が起きたのか分からなかった。 そして、小国の騎士は奇妙な命乞いをした。 ー私達は負けました…私のこの身体と引き換えに、そのかわり国を堕とさないで下さいー 国を堕とされそうになったのは大国の方なのに、本当に奇妙だった。 なにか悪巧みを企んでいるとは思ったが、このまま断ればすぐさま大国は堕とされ小国に負けた弱者として恥をかくだろう。 大国の騎士達は無駄にプライドが高く、そして卑怯な連中が多かった。 大国は小国の白旗を見て、小国最強の騎士を捕らえて国に帰った。 慈悲深く哀れな小国を堕とさなかった優しい騎士達を作り上げた。 本当を知るのは戦争をこの目で見た者だけだろう。 そして捕らえた騎士は、地下牢に他の囚人達と並び牢屋に入れられた。 大国はこの日、小国に勝利して城のダンスホールで宴が始まった。 大国の国王と王妃、三人の王子を国民は歓迎して勝利を喜び合った。 美味しい料理がテーブルに並び、どれを食べようか迷ってしまう。 人にぶつからないように注意して歩いていると、大好きな南国に実るフルーツを見つけて皿を持ち近付く。 散々注意していたのにフルーツに気を取られて誰かに足を引っ掛けられて盛大に転ぶ。 床は柔らかい絨毯なので皿は割れなかったが、膝が痛み赤くなる。 立ち上がろうとすると、目の前に影が重なった。 「なに転けてんだよアンジュ、本当に鈍臭いな」 「ウォーレンお兄様」 アンジュが見上げるとニヤニヤと意地悪な顔をして見下ろす2歳上の次男ウォーレンがいた。 足を引っ掛けたのは明らかなウォーレンだがアンジュは何も言えなかった。 アンジュは城でも国でもいらない厄介者だから… 長男は国を背負う国王となり、ウォーレンは騎士団長の未来が約束されている。 しかしアンジュには何もない、現国王がメイドに手を出し産ませた子供だから… 父である国王もなかった事にしたいのか母を殺し、アンジュも手に掛けようとした。 しかしアンジュは生きていた…いや、アンジュにとっては死んだ方が楽なのかもしれない。 アンジュは汚れ仕事をさせるためだけに生かされた。 理由は当時の汚れ仕事をさせていた男が死んだから…汚れ仕事は死んでもいい人間に与えられる地獄のような仕事なのだ。 まだアンジュは6歳で幼い、大人になるまで汚れ仕事の意味を知る事はない。 母はアンジュがまだ1歳の頃に死んでしまったからよく知らないが、とても悲しい気持ちになり母が死んだ満月の夜は涙が止まらなくなる。 父はアンジュを育児放棄してメイドに育てられたが父を憎んではいなかった…それどころか、半分血が繋がっているのに他人のような気がしていつもよそよそしくしてしまう。 それは兄二人にも同じだった。 正妻にいつもアンジュをー汚れた豚の子め!ーと目立たない腹などを殴る蹴るの暴行をしているのを10歳の兄と8歳の兄が見ていて、母と同じように暴力を振るうようになった。 だからアンジュは自分の身を守ろうと口出しせず、従順な弟になった。 そのせいか他人に触れられる事が怖くなってしまっていた。 …いつか、アンジュを弟だと認めてくれる日が来ると信じていた。 ウォーレンは立ち上がり皿を拾うアンジュに言った。 「アンジュ!スープ飲むか?」 「え…っ!?」 アンジュがウォーレンの方に振り返ろうとしたら頭から熱いスープをぶっかけられた。 肌が痛み焼けるように熱く、自然と涙が溢れて来る。 …しかし声は出さない…出すとーうるさいーと殴られるから… アンジュはせっかく身なりだけは恥ずかしくないようにとウォーレンのおさがりのタキシードを着ていたが、スープまみれになって白いタキシードが黄ばんでいた。 ちょっとした騒ぎになり、騎士団長と話していた国王と兄がやって来る。 ウォーレンはアンジュを指差した。 「お父様、アンジュがスープをこぼしました」 正確にはウォーレンがアンジュにスープをぶっかけたのだがアンジュは何も言わない。 …だってこの場にいる誰もがアンジュの言葉なんて聞かない。 未来の騎士団長か、国王を誘惑したメイドの息子…どちらを信じるかなんて分かりきっていた。 皆アンジュを汚いものを見る目で見ていた。 アンジュは震えが止まらず、声を必死に振り絞りーき、がえてきますーとだけ言ってダンスホールから出た。 去り際にウォーレンがーもう帰ってくんなよ!ーと言っていた。 …帰りたくはないと思って、衣装部屋に宴が終わるまでいようかと考えた。 ……… いつもの平民の服を着て、シャワーを浴びてきた。 衣装部屋にいたかったがメイドの一人に邪魔だと追い出された。 部屋に帰ろうと歩き出す。 アンジュの部屋は汚い物置と化した屋根裏部屋だった。 野宿じゃないだけマシかと思って住んでいる。 二階に上がろうとしたら、言い争う声が聞こえた。 誰だろうとこっそり観葉植物の影に隠れる。 どうやら二人の騎士が言い争っているらしい。 まだ若い、新人騎士だろう。 それに二人が言い争っている近付くの扉は普段見張りの騎士が居て一度も中を見た事がない鉄の扉が立っていた。 「だからもう嫌っスよ!」 「わがまま言うな!早くこれを運べ」 そう言い騎士の一人はトレイをもう一人の騎士に押し付ける。 しかしもう一人の騎士はよっぽど嫌なのか受け取らない。 それを見てため息を吐く。 「ちょっと行って置いて帰るだけだろ」 「先輩は見た事ないからそんな事言えるんスよ!あの敵国の騎士マジ目がヤバいんスよ!!」 内容はよく分からないが此処に居ても仕方ないから早く部屋に戻ろうと歩き出すと、服が観葉植物の枝に引っかかり観葉植物を倒してしまった。 どうしようかと慌てていたら、大きな物音に二人の騎士はこちらに気付く。 また殴られると怯える。 「おい誰だ!」 「…ん?コイツ確か…」 二人が近付く気配がした。 アンジュは重い観葉植物を引っ張って立たせようとしたら騎士が手伝ってくれた。 お礼を言おうと騎士達を見て、喉から声が出なかった。 騎士の一人が悪い顔をして見ていた。 アンジュは震える唇を開いた。 「あ、ありがっ」 「アンジュ様、俺達困ってるんです…お願い聞いて下さいますか?」 騎士がアンジュの頭を撫でようとしたからアンジュは身を引いた。 すぐに手は引っ込められて気味が悪いほどニコニコしていた。 そしてアンジュにトレイを渡した。 「これを地下牢に持ってって下さいよ、持ってく相手は分かりますよ…アンジュ様と同じくらいの歳の少年です」 地下牢は悪い人が入る場所だと昔アンジュの世話係のメイドが話していた。 何故そこにアンジュと同じくらいの歳の少年がいるのか分からなかった。 とにかく断る事を許されず、アンジュはトレイを持ち騎士達に背中を押されるままトレイと道を照らすランプを肩に持ち薄暗く寒い地下牢の階段を降りた。 すぐに騎士達は扉を閉めた。 「可愛くねぇガキだ」 「…大丈夫なんですか?一応第三王子でしょ?この地下牢は極悪人が数多くいるんですよ?もしなにかあったら…」 「なにかあったら国は大喜びだな、お荷物がいなくなって」 騎士はそれだけ言い地下牢の扉に背を向けた。 ……… 踏み外さないように一歩一歩慎重に階段を降りる。 ガンガンと鉄格子を殴る音と怒鳴り声が聞こえた。 ビクビク震えながら早く出たくて牢屋を一つ一つ見る。 怖い顔の大人が沢山いる。 手を伸ばしてくるから捕まったら大変だと、壁に近付き歩く。 すると一つだけ大人しい牢屋があった。 叩く音もなく声も聞こえない。 不思議に思い近付くと、そこには無数の鎖が見えた。 両手足だけじゃなく首にも首輪が付けられ壁に向かって鎖で繋がれていた。 アンジュと同じくらいの歳の少年だった。 アンジュが来ると気配で気付いたのか、顔を上げた。 銀色の髪に赤い瞳、とても美しい少年がいた。 少年はアンジュの顔を見て敵意がないと分かり、ニコッと笑った。 とても優しい笑みでアンジュも警戒心が薄れた。

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