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第3話

10年後、アンジュは16歳になった。 相変わらず嫌われているがアンジュの側にはずっとヨシュアがいた。 そして今日、珍しく国王から呼び出されて朝早く王の間に訪れた。 王の間には国王と兄弟、騎士が何人かいた。 アンジュは何事かと王の間に来る時より緊張した。 国王はアンジュと話した事は人生の中で1.2度しかない。 父の声を聞くのは久しぶりだった。 「アンジュ、喜べ…無能なお前にも少しだけ生きる価値が出来たぞ」 「…生きる、価値?」 その言葉に喜んでいいのか分からなかった。 周りの企むような悪い顔を見れば嬉しい事ではない事は分かっている。 アンジュは国王に頭を下げた。 …何を言われても平気、大丈夫と心の中で思っていた。 だって、ヨシュアが慰めてくれるから…他は何も望まない。 「この前の健康診断でお前が産み子だと分かった」 「……っえ?」 アンジュは目を見開いて国王を見た。 健康診断は一週間前に受けたのは確かだった。 …それで産み子だと結果が出たのか。 産み子とは稀に男が妊娠出来る身体になる現象を言う。 世界でも数えるほどしかいない希少価値で産み子の存在は闇オークションで売り払われたり臓器売買もされていると怖い噂を聞く。 だから産み子として生まれた男はその存在を隠し密かに生きているという。 アンジュは今まで自分が産み子だと聞かされていなくて動揺と戸惑いが隠せなかった。 「今までお前の健康診断は何の異常もなかった、珍しい産み子だ…突然変異をするとは」 …突然変異、そんなのがあるのか。 じゃあいらない自分は売り飛ばされるのか? 家族に捨てられる事よりもヨシュアにもう会えなくなる事がとても怖かった。 アンジュは震える身体を抱きしめて声を出した。 「お、れは…どうなるんですか?」 「お前を欲しがる男がいてな、婚姻を結ぶ事にした」 「…それって」 「その男の子を孕め」 アンジュにとって死刑宣告だった。 ある意味、闇オークションと変わらないと思った…闇オークションだって性欲処理の人形にするために落札するから。 知らない、好きでもない男に触られる事を想像して気持ち悪くなる。 …それにアンジュは満月のあの夜からずっとヨシュアに片思いしていた。 ヨシュアはアンジュをどう思ってるか分からず、アンジュは今の関係が壊れるのを恐れてバレないようにヨシュアと接していた。 もしアンジュが産み子だと知るとヨシュアは嫌いになってしまうと思い怖かった。 産み子を気持ち悪いと思う人は少なくないから… ヨシュアは優しいから言わないだろうが、アンジュはヨシュアに嫌われたくなかった。 …子供なんて産みたくない、ポロポロと涙を流した。 しかしそんな涙で心動かす優しい人物はこの場に誰一人としていなかった。 いつもなら何も口ごたえせず「分かりました」と言うが、この日はなかなか言えなかった。 了承しないアンジュを見てイラついた国王は王家の椅子から立ち上がってアンジュを見下ろす。 「お前がやっと人として認められるのだぞ、何が不満だ」 「…そ、れは」 「まぁいい、お前に拒否権など元々ない…一週間後の王位継承の儀式の日…お前の部屋に呼ぶ、部屋から出たら生きていられると思うな」 …アンジュは分かっていた、逃げられない事を… 力なく頷き、王の間を出た。 向かうのはヨシュアがいるあの暖かい場所だった。 アンジュが汚れる前に、ヨシュアに会いたかった。 地下牢は相変わらず薄暗いが、昔のようにうるさい声は聞こえない。 皆、処刑されてしまったから地下牢には今ヨシュアしかいなかった。 いつかヨシュアが処刑されてしまうと騎士達にヨシュアを助けるように言おうと思ったがヨシュアが「アンジュが怒られるのが俺にとって処刑よりも嫌なんだ」と言われて、ヨシュアの嫌な事はしたくなくて諦めた。 いつもは早足でヨシュアに向かうが、今は足が重い。 ヨシュアがいる牢屋が見えてきて、アンジュは泣きそうな顔をした。 ヨシュアは美しさはそのままで大人びた顔に成長していた。 いつも会っているのにアンジュには眩しく感じた。 子供の頃は年齢がいまいち分からなかったがヨシュアに聞いたらアンジュの2歳上でウォーレンと同じ歳だったみたいで当時のアンジュはとても驚いた。 このくらいなら許してくれるだろうと、ヨシュアの腕が疲れちゃうと騎士達に言ったら今まで大人しく牢屋に入っていたからかヨシュアの腕の鎖は長く自由に動けるようになった。 初めてヨシュアに抱きしめられた日はとても大切な思い出で、生涯決して忘れないだろう。 ヨシュアの顔を見て泣き出すアンジュの頬に手を添えて涙を拭ってくれた。 「どうしたの?アンジュ、なにかあった?」 「お、おれっ…結婚したくなっ」 つい感情的になり言っちゃいけない事を口にしてしまった。 ヨシュアは驚いてアンジュを見ていた。 どう誤魔化すか考えていたらヨシュアはアンジュを優しく抱きしめた。 「アンジュ、結婚するの?」 もう誤魔化せない事が分かり静かに頷いた。 …ヨシュアに隠し事は出来ない、結局暴力振るわれていた事も気付いていたし… 結婚相手は分からないが、結婚したくない事をヨシュアに話し…それが無理な願いだという事を話した。 ヨシュアはアンジュが話している時ずっと頭を撫でてくれた。 「ヨシュア、俺…いやだよ…知らない人となんて」 「アンジュ………俺はアンジュが好きだよ」 ヨシュアはアンジュにそう囁いた。 夢のような言葉に幻聴かと思いヨシュアを見るとヨシュアはいつもの笑みに愛しげな瞳を見せていた。 これは夢なのだろうか、夢なら覚めないでほしい。 「…俺、もヨシュアを大切な友達だと思ってるよ」 「アンジュ、それは違う…俺は」 「同情で、そんな事言わないでよ…余計悲しくなる」 嘘をついてほしくなくてそう言うとヨシュアはアンジュの後頭部に手を添えて唇に柔らかい感触がした。 初めての事で驚き無意識に目を閉じた。 舌を絡め合いふわふわした気持ちになる。 ヨシュアはしばらくして唇を離してアンジュを見た。 「…これが俺のファーストキス、誰にでもするわけじゃない」 「俺も…ヨシュアがっ」 ヨシュアに抱きつき温もりを感じていた。 もっと早く、想いを口にしていたらなにか変わっていたのだろうか。 アンジュがヨシュアから離れるとヨシュアは自分の首元に触れた。 ネックレスのようなものを出した。 銀の細い鎖にシンプルな銀の指輪がぶら下がっていた。 「…これは?」 「お守りだよ」 鎖から指輪を取り出し、アンジュの手を取る。 何をするのか見ていたら指輪を薬指に嵌めた。 不思議な事に指輪はピッタリだった。 「……いいの?」 「これは婚約指輪だから…アンジュに持っててほしい…いつか必ず…」 「……でも、俺…」 まだヨシュアに隠し事をしていた。

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