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第4話

佐理は箒の柄に顎を乗せたままため息をつく。 「どうした佐理、また誰かに意地悪をされたのか?」  今日も一緒に大内裏の掃除に精を出している清友が訊いてきた。 「何! リアル光の君が高子ちゃんに!?」 「分不相応だと丁重にお断りしたのだけど、諦めてくれないんだ」 「う〜む、あっちも意地になってるのかも知れないな。近衛中将のリアル光の君ぶりは、外見だけでなくその女性遍歴の華やかさにもあるらしいからなぁ。それにしても近衛中将かぁ、いいなぁ」  近衛兵に憧れている清友は、羨ましそうな目をして宙に視線を漂わせた。 「あ、俺がいいな、って言ってるのはそういう意味じゃなくて」 「分かってるよ」  中将のその噂については佐理もよく知っていた。清友は佐理に気を使って言葉をオブラートに包んだが、言ってみれば近衛中将は相当なプレイボーイだということだ。 「それに近衛中将と言ったら、佐理と並ぶほどの花月嫌いだと聞くぞ。もし文のやり取りをしている相手が男だとバレたらヤバいんじゃないか? にしても高子ちゃんの代わりと言えども、佐理が男と文のやり取りをねぇ、大丈夫なのか?」 「まあなんとか」  本来だったら清友の言う通り、偽装だとはいえ、男と文のやり取りをするなんて佐理にとっては身の毛のよだつ行為だった。  けど不思議と中将とはそれほど嫌ではなかった。それはひとえに中将の人柄にあった。  中将との文のやり取りの中で、佐理は中将の人となりの素晴らしさに感動せずにはいられなかった。こんなに一途に高子への想いを綴りながら、他の女性にも同じような和歌を贈っているのがにわかに信じられなかったが、そこがリアル光の君と呼ばれる所以なのかも知れない。  そう思うと、同じ男として中将に末恐ろしさも感じた。 「側から見たら、花月嫌いの男二人が恋文のやり取りをしているんだから、なんとも滑稽な話だな。ところで高子ちゃんが美人なんて噂、どこで流れてるんだ? 俺は聞いたことないけどなぁ。あっ、すまん、すまん、高子ちゃんは美人だけどさ」  清友は顎をさすろうとした手で慌てて頭をかいた。 「近衛中将に会ったことがないのにこんなことを言うのもなんだが、リアル光の君は多分というか絶対遊びだと思う。この際貰うものだけ貰って上手く利用したらどうだ? 佐理はそういうのはあまり好きじゃないだろうけど、ここは高子ちゃんや家のためと思ってさ。でも絶対に佐理が男だとバレないようにしろよ、あっちも佐理と同じ大の花月嫌いだからな」  そう清友から念を押される。  本来瀬央氏の嫡男である佐理がしっかりしていれば、といつもの自己嫌悪が首をもたげる。  清友の言うようにどうせ向こうは金持ち貴族の気まぐれなのだ。それだったらギリギリまで相手の恋愛ゲームに付き合ってやって、その報酬として貰えるものをたんまり貰っても罰は当たらないだろう。  中将と高子を本当に契らせる訳にはいかないので、男としてちょっと中将には気の毒だが、あっちは金はたんまりあるのだ。女を落とす寸前までのプロセスを楽しんでもらおう。  そう思うとさっき佐理にため息をつかせたブルーな気分はすっかり晴れ渡り、今までできないでいた親孝行、妹孝行のチャンス到来と、密かに燃える佐理であった。  それまでは高子に代わり、頑なに中将を拒んでいた佐理だったが、少しだけ和らいだ素振りを見せる文を贈ると、中将からこんな和歌が返ってきた。 ――夏なれど 春訪れべきく我浮かれ さる我見わたりも蝉も笑へり 君がわづかにも心許せば (あなたがちょっとでもを心を許してくれたことが嬉しくて、夏なのに春が訪れたように浮かれてしまい、そんな私を見て人々も蝉も笑っています) 「可愛いお人だな」  佐理は思わず顔をほころばせ、そんな自分に驚きながらも、いかんいかんと自制する。  相手は天下のプレイボーイ、リアル光の君だ。女性を喜ばせる言葉を熟知している。こんなことでほだされていてはいけない。  それにしてもこんな和歌の一つも詠めれば、自分も上流とはいかなくとも中流貴族の姫君に相手にしてもらえるだろうに。それで結婚に辿りつければ、こうやって高子になりすまし中将に貢がせるよりも、よほど健全で建設的だろうに。  ここはひとつ、中将を真似てどこぞの姫に和歌でも贈ってみようかと思ったが、誰に贈っていいのか全く思いつかない。和歌を贈りたいと思える女性がいないのだ。  長恨歌のような熱愛をしてみたいと思いながらも、佐理は自分がまだ“恋”さえもしたことがないことに気づいた。  瀬央氏の嫡男としてしっかりすることと、佐理に言い寄ってくる男たちをあしらうのに忙しく、そんな暇がなかったと言うのは言い訳だろうか。  それに比べ佐理とさほど歳も変わらないというのに、リアル光の君と名高い中将の恋多きことよ。中将のプレイボーイぶりは女性側からみたら面白くないだろうが、男としては学ぶべきところがたくさんある。  何よりも中将の和歌は品がありとても知的だった。今まで佐理がもらった男たちの恋文の中で中将はダントツだった。  また中将は佐理の和歌の素晴らしさを誉めてもくれた。家族や清友は佐理を和歌の名手だと言ってくれるが、それ以外の人からこんなに真っ直ぐに褒められたのは初めてだった。  佐理が振った男たちは佐理の和歌をこき下ろし、そうでない者も佐理の才能を妬み、貧下流貴族の卑しい歌だと蔑んだ。  それをこの人こそ和歌の名手と言われるような中将から誉められて、悪い気がするはずもなく、中将の懐の広さに佐理は少なからず心を打たれた。  こうして、佐理はいつの間にか中将との文のやりとりを楽しむようになっていた。  もし、今まで佐理に和歌を贈ってきた男たちの中で中将のような男がいたら、佐理も今のような男嫌いにはならなかったかも知れない。

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