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 正門と同じく守衛が立つ裏門を抜け、学園の敷地内へ。裏門から正門まで繋がる舗装された長い一本道。幼稚園部エリア、総合体育館の前を通過し、中学部、特別教室棟と並んで建つ高等部の校舎に着いた。 「昨日の人達とは一緒じゃないんだな」 「家は近いが、お互い好きなタイミングで登校してる。妹もな」  革靴のまま生徒用玄関から校内に入る。体育館以外、隣慈学園は基本土足だった。 「いい加減、俺が買ったものをくれないか」  階段の踊り場で桐矢は立ち止まり、レジ袋を覗き込んだ。 「フィッシュサンドか。ただでさえ乳歯だっていうのに、魚食性なんて牙がなまるぞ」 「もういいから早く」  大きな窓から差し込む朝日を片頬に添わせた桐矢は、レジ袋ごと皐樹に押しつけた。 「コロッケ、ごちそうさま」  割と重たいレジ袋を突っ返す暇もなかった。二年・三年の教室がある三階へ、彼は一段飛ばしで階段をさっさと上っていった。 (隣慈のトイレはすごく機能的だ)  男女別は当然のことながら、そこからさらに「第二の性」ごとに分かれている。その上、校内で万が一発情期になった場合を想定して、呼び出しボタンが設けられている多目的トイレもあった。職員室に繋がっていて、もしも発情期になったら駆け込んで教師を呼ぶよう、入学後の校内案内で説明があった。 (こういう仕切りはあって助かるし、いざというときの避難場所があるのは心強い)  中学校でも発情期の対策が進んでいたなら、あんな思いをしないで済んだかもしれない。  去年、皐樹が中学三年生のときに同じオメガ性の友達が教室でヒートになった。  休み時間で教師は不在、真っ先に反応したのはアルファ性のクラスメートだった。発情期特有のフェロモンに中てられたその内の一人が、初めてのヒートで混乱していた友達に襲いかかろうとした。  咄嗟に皐樹はそのアルファを殴った。  理性を忘れていたアルファをオメガの友達にとにかく近づけさせまいと、オロオロする皆の前で拳を振るった。教師が駆けつけ、その場は何とか事なきを得たが、後に皐樹は責められた。教師にも、襲いかかろうとしたクラスメートの親にも。 『これだからオメガの片親は』  学校へ駆けつけたカオルを目の前で詰られて、皐樹の胸は悔しさでいっぱいになった。  そのクラスメートは教室のリーダー的存在で成績優秀な男子生徒だった。アルファ系の家系で父親は会社経営者、裕福なエリート層に属していた。  一週間近く休んだ後、登校してきた友達が取り巻きに囲まれた彼に『迷惑をかけてごめんなさい』と謝り、自分を無視するようになると、かつてない空虚感に皐樹は襲われた。  三年の吉野皐樹がヒートになった。そんなデマまで校内を駆け巡り、その心はすっかり萎えた。 『暴力はよくないけど、皐樹が友達を守ったことは誇らしく思うよ』  カオルにかけられた言葉が唯一の救いだった。 (あのときは友達を守るのに無我夢中で、手加減できなかった)  廊下で楽しそうに笑い合う同級生と擦れ違い、皐樹は俯いた。

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