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 写真撮影で混み合っている吊り橋を遠目に、刀志朗と気持ちのいい湖畔をのんびり回り、皐樹は散策を満喫した。  昼食は東屋やベンチが点在するピクニック広場でとることになった。 (やっぱり、いるんだな)  凛に連絡をとって刀志朗が向かった先には、当たり前のように桐矢がいた。木陰に敷いたレジャーシートの上で横になっている。長い足は地面に食み出していた。 「サンドイッチおいしそう!」  一人では食べ切れない量のサンドイッチ。早起きしたカオルが作ってくれたもので、皐樹は刀志朗にお裾分けした。 「凛さんも、よかったらどうぞ」  凛にも具沢山のサンドイッチを手渡した。彼女も学校のジャージ姿で、今は靴下を脱いで裸足になっていた。  水無瀬はやはり休みだという。遠足や体育祭といった行事は休みがちで、中学部の修学旅行も不参加だったそうだ。 「代わりに僕達みんなで日帰り旅行に行ったんだよ。近場だったけど楽しかった」 「僕達みんなって、四人だけで?」 「私のママも一緒だった」  木の幹にもたれた凛が答えた。桐矢はずっと寝ていた。片膝を緩く立て、頭の後ろで両手を組んで堂々と仰臥している。葉陰と日の光がせめぎ合う寝顔は、認めたくないが紛れもない美男っぷりであった。 「桐矢君、寝てるの?」  彼の寝顔を遠慮がちに見つめていた皐樹は思いきり狼狽えた。いつの間に近くまで来ていた、レジャーシートの端っこに座り込む自分に声をかけてきた相手を仰いだ。 「話があるんだけど」  自由時間に突入して早々、桐矢に群がった女子グループの一人だった。髪型もファッションもメークもさり気なく気合が入っている。和やかだった木蔭にベルガモットの香りがふわりと舞った。 「了解」  軽やかな身のこなしで立ち上がった桐矢に皐樹は呆然とした。 「よかった、向こうに行こう?」  アルファ性は一般的に上昇志向が強いと言われている。パートナーにも高い能力を求めがちで、同じアルファを選ぶ者も珍しくなかった。  彼女は親しげに桐矢の腕に擦り寄り、ピクニック広場で休憩していた生徒達は、華があるアルファの男女を羨望の眼差しで見送った。 「またかぁ、舜君。あれだけモテるんだから狩人ごっこも卒業したらいいのに」 「……刀志朗、それ、前にも聞いた。何なんだ、狩人ごっこって」 「お兄ちゃんが狩人になって、目をつけた獲物を狩る。あくまで遊びで」 「……相手に対して失礼だ。信じられない。何様なんだろう」  以前、カフェテリアで兄の背中を叩いたと憤っていた凛は、今回は目くじらを立てず、淡々と言い放った。 「お兄ちゃんのこと、貴方はわからなくてもいい。だから無理して理解しようとしないでいい」  釈然としない皐樹は一つ残していたサンドイッチにかぶりついた。ほぼ満腹だったが、無理して詰め込んだ。  五月を控えて緑が濃くなっていく草木。瑞々しいひと時にオモチャでつくられたシャボン玉が散っていった。 「この間の月曜日、カフェテリアに皐樹も呼ぼうって、舜君が兄さんに提案したんだよ」  薫風にくすぐられ、乱れる髪もそのままに硬い表情でいる皐樹に刀志朗は寄り添った。 「兄さんにデマが広がってることを伝えて、皐樹と一緒にいるところをみんなに見せたら、寛容さがアピールできていいだろうって」 「……つまり俺は利用されたのか?」 「違うよ。口ではそんなこと言ってたけど、それって皐樹への陰口を止めるきっかけにもなるんだよ? デマを鵜呑みにして、好き勝手に中傷していた人達への抑止力になる」  確かに中傷は近頃減っていた。  学校を連日欠席していた水無瀬が教室を訪れ、休み時間には刀志朗が足繁く来るものだから、最初はオメガのくせにと眉を顰めていたクラスの内部生も、これみよがしなヒソヒソ話をしなくなっていた。 「お兄ちゃんは廻ちゃんを利用したの」  足の甲を這う蟻を落葉に誘導し、地面に戻して、あぐらをかいた凛は言う。 「廻ちゃんも、それをわかってる」 「舜君は皐樹への中傷を何とかしたかったんだと思うよ。だから、舜君のこと嫌わないでほしい」  桐矢の第一印象はとにかく最悪だった。  だが、小学生のリボンを直したり、水無瀬が呼んだら直ちに駆けつけて保健室へ運んだり、彼の人間性がわかるシーンに触れて悪い人間ではないのかと思い始めていた。 「どうせ、深い意味なんてない。あの人のただの気紛れだ」  頭から離れない慰めも、キスも、桐矢にとっては暇潰し程度の行いなのに自分だけが延々と振り回されている。 (……無理して理解しようとしないで、か、その通りだ)

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