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 頭を屈め、自分より細い腰を抱き寄せ、不敵なアルファはまだまだ罵倒し足りなかったオメガの唇を完全に塞いだ。  当然、皐樹は嫌がった。腕の中でがむしゃらに暴れた。すると桐矢に容赦なく力で押され、冷たい壁に両手を縫い止められた。  三秒間で締め括られた前回のキスとはまるで違っていた。  抉じ開けられ、侵入され、占領された。 「ん……む……!」  顔を逸らしても追いかけてくる。容易に捕まり、より深く貪られて吐息ごと奪われた。 「――アイツ等に他に何かされなかったか」  捕らえていた唇は自由にしたものの、壁に両手首を縫い止めたまま桐矢は問いかけた。 「どうして、こんなことするんだ」  皐樹は、すぐそこにある鋭い目を睨んだ。上下とも濡れて生温くなった唇で非難した。 「俺のこと避けてたじゃないか。狸寝入りしたり、擦れ違っても顔を背けたり……無視したくせに」 「寂しかったか?」  鼻先が触れ合いそうな距離で桐矢は再び問いかける。月と同じ色をしたプラチナブロンドと、危うげに冴える双眸に視界が埋め尽くされて皐樹は無意識に息を止めた。 「あのときは人目につかない場所まで行って、吾孫子からの交際の申し込みを丁重にお断りしてきた」 「え……」 「お前を避けていたのはな、襲いかかりそうで自重してたんだよ」 「は?」 「第二裏での無防備な様を思い出して、所構わず抱き潰したくなるのを我慢していた。こんなにも紳士的な理性が俺に残っていたんだと驚かされた。貴重な体験だ」  身長差が十八センチある桐矢の影に呑まれた皐樹は、穴の開く程に彼を見つめた後、怒鳴った。 「こんなことしておいて何が理性だ‼」  耳朶まで紅潮させて怒っていたら、また、彼にキスされた。  尖らされた舌先が口内に滑り込んでくる。  密やかに動き回って水音を奏で、角度を変えては深々と口づけられ、皐樹は呻吟した。 「んん……ン……っ」  引っ叩かれた顔だけじゃない、桐矢に触れている場所がジンジンと疼き出す。得体の知れない切なさに下肢が蝕まれていった。 (……熱い……)  上下順々に唇を啄まれ、歯列の裏をなぞられ、唾液に濡れそぼつ舌尖を吸われた。  壁の上で頻りに悶えていた皐樹の指に桐矢の指が絡まる。  不埒なキスに息継ぎさえままならない下級生は上級生の大きな手を握り返した。  引っ込めていた舌に纏わりつかれ、誘い出される。ふんだんに縺れ合って、刺激が強まり、溢れた唾液が下顎へと滴っていく。 「ふ……」  口内に長々と居座る桐矢の一片を噛み千切ることもせず、皐樹は互いの唇の狭間で断末魔代わりの吐息を零した。 (今、狩られているんだろうか)  きっと、これまで狩られてきた犠牲者と同じように棄てられる、結末はわかりきっているのに。  このアルファには抗えない。 「んっ」   下唇を食まれた。甘い戦慄に犯されて、皐樹はおもむろに顔を離した桐矢を恐る恐る見つめた。 「これって……ヒートなのか……?」  鼓動が加速する。  胸が軋む。  火照る全身に眩暈がする。 「違う」  桐矢は濡れていた皐樹の下顎を舐め上げた。満遍なく潤んで艶めく切れ長な目を覗き込み、満足げに囁く。 「俺に感じてるだけだ」 「……もう、いい、もう嫌だ、こんなこと」 「俺から逃げるなよ、皐樹」 「離してくれ」 「逃がすつもりもないけどな」  離してと言いながら、まだ手を握っている皐樹に愉悦して、桐矢は捕食紛いのキスを再開した。  人気のない校舎に衣擦れの音色と微かな悲鳴が溶けていく。  ーー階下の踊り場に佇む水無瀬の耳にまで届いたかどうかは、わからない。遠足に来ていなかったはずの彼は黒いミリタリージャケットを着て、頭上を仰ぎ、扇情的な頤を(おとがい)際立たせていた。  その白い指は、ポケットの中の、かつて護身用に贈られた折り畳み式の小型ナイフを愛撫していた。

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