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 五月中に行われた中間テストはまずまずの結果に終わった。  六月に入ると文理選択の調査があり、皐樹は文系を選んだ。将来についてまだ明確なビジョンはないが、カオルを見ていて、自分も教師を目指そうかと漠然と考えることはあった……。 「見て、皐樹、とても綺麗だね」  煌びやかな会場にボリュームの増した音楽が流れ、落とされた照明、扉が開かれて入場した新郎新婦を盛大な拍手が包み込む。  雨の週末、皐樹はカオルと共に親戚の結婚式に出席していた。  市街地のホテルで挙げられたジューンブライド。新婦である父方の従姉妹は十歳年上で、控室で純白のウェディングドレスを着た彼女に「皐樹ちゃん、大きくなったね」と言われた際には柄にもなく照れてしまった。 (結婚なんて、まだ想像もつかない)  祝福される新郎新婦を眺めていた皐樹の脳裏に、ふと、桐矢の姿が浮かび上がった。  彼の隣には水無瀬がいた。幼馴染み同士の二人は運命の番のように寄り添い合っていた。  不敵なアルファとクイーン・オメガ。  狩人ごっこなんて不謹慎な遊びに耽りながらも、桐矢の心は水無瀬に預けられているのかもしれない。 「ここのパティシエさんは有名なコンクールで賞をとったらしいよ」  ホテルの三階で開かれた披露宴が幕を閉じ、階段を下りてロビーへ向かう。自宅でたまに晩酌しているカオルは白ワインを飲んで上機嫌だった。 「ケーキ、買ってきたら。俺はロビーで待ってる」  ロビーに到着し、フロアの一角にあるケーキショップへ向かうカオルと皐樹は一旦別れた。雨天とはいえ、土曜の夕方、ホテルは賑わっていた。複数入っているレストランの利用客も多いようだ。  シャンデリアの光を反射する大理石の床に足をとられないよう、ロビーを横切って、制服のブレザーを着用した皐樹は壁際のソファに座ろうとした。  背後から腕を掴まれた。 「皐樹じゃないか」  やたらと強い力でカオルとは思えず、振り返れば、水無瀬がいた。暴力的ですらあった掴み方に一抹の恐怖心を覚えていた皐樹は驚いた。 「ブレザー姿は初めて見る」 「あ……親戚の結婚式で……」  シンプルなシャツも、ボトムスも、靴も、全て黒一色だった。制服とはまた雰囲気が違い、一見して近づき難いオーラを放っていた。 「俺は彼と食事をしていた」  水無瀬には連れがいた。年上だとわかる、見たことのない男だった。 「隣慈の卒業生の二見さんだ」  百七十七センチの水無瀬より若干高い背丈。緩やかにうねる黒髪、無精ではなく適度に整えられた髭が似合う、はっきりした目鼻立ち。垢抜けたルックスでスマートカジュアルをさらりと着こなした彼は皐樹に笑いかけた。 「二見さん。この子が先程話していた外部生です」  初対面の相手に気を取られていた皐樹は、水無瀬の台詞に一瞬思考が止まった。 「そう。君が吉野皐樹君」  彼は名刺を取り出すと皐樹に手渡した。何らかの店の名前と思しき「PURITY」と「二見(ふたみ)広大(こうだい)」という文字が記されている。裏にはソーシャルメディアのアカウント情報が載っていた。 「ピュアリティ……?」 「クラブのオーナーをしてます。夜に遊びにくるのが難しかったら、週末にデイイベントも時々開いてるから。どうぞよろしく」 (この人、アルファだ)  肌身で察した皐樹は、人当たりのいい笑みを浮かべる二見に曖昧に返事をした。 (まさか恋人なのか?)  彼と共に去っていった水無瀬の後ろ姿を他の客越しに見送った。自分の話をしていたらしいが、一体、どうして。掴まれた腕が鈍く痛んで皐樹は嘆息した。

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