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 火曜日の昼休み。週末は雨だったが、昨日今日と晴天が続き、低木・高木の植栽に彩られた庭園で皐樹はランチをとった。 「昼寝したくなる」  隣には桐矢がいた。一年生の教室へフラリとやってきてはカフェテリアへ皐樹を連れていったり、屋外ランチに誘ったりと、二人は不定期で昼休みを一緒に過ごすようになっていた。 「五限は体育か。かったるい」  蒸し暑くなってきた六月下旬、長袖を腕捲りした桐矢はベンチの背もたれに踏ん反り返る。いつも早く食べ終える彼の隣で半袖の皐樹はペットボトルのお茶を飲んだ。 「ッ……何してるんだ、桐矢」  途中で噎せかけた。踏ん反り返っていたはずの桐矢がベンチの上でゴロリと横になり、膝に頭が落ちてくる。許可もなしに膝枕を強行されて、ぶわりと汗をかいた。 「重たい、退いてくれ、人に見られる」  斜向かいのベンチに座る中学部の女子生徒二人がこちらに釘づけになっていて、皐樹は赤面した。 「またいづみに切ってもらうか、髪」  整髪料をつけていない髪を手櫛で梳かれる。目線を下ろせば鋭く笑う眼にぶつかった。 「お母さんを呼び捨てにするのはよくない」 「前髪を伸ばしてるのには、何かこだわりでもあるのか」  ぐっと、前髪を掻き上げられた。額から髪の中へ滑り込んできた五指に皐樹はゾクリとした。 「せっかく、色っぽい目してるのに。もったいない」 「変なこと言わないでくれ。それに自分だって長いだろ。片目が隠れてるときがある」 「こういう目、切れ長っていうんだろうな」 「指が近い。俺の眼球を抉りたいのか?」 「よく観察したいと思って」  桐矢はわざとらしく声を潜め、くすぐったくて困り果てている皐樹に囁いた。 「キスするときにぎゅうぎゅう閉じるもんだから、お前の目、近くでちゃんと見たことがないんだよ」  些細な愛撫に限界を来たした皐樹は、ぎゅっと目を閉じた。 「桐矢は二見さんを知ってるか?」  塞き止めていた「知りたい欲求」を思い余って解放した。聞くか、聞くまいか。昨日から何回も言いかけて呑み込んでいた。 「二見か。知ってる。隣慈のOBだ」  俊敏に起き上がった桐矢はすんなり答えた。 「その名前、お前はどこで聞いた?」 「……土曜日に、ホテルで会って」 「ホテル? それはどういう状況だ、お前、誰かと行ったのか、俺の知ってる奴か」  無駄に顔を近づけてきた桐矢に皐樹はたじろいだ。 「従姉妹の結婚式にお父さんと行ったんだ、二見さんは水無瀬さんと一緒だった!」  ベンチから落ちそうになる寸前まで退いた皐樹の必死の言葉に、桐矢は眉を顰めた。 「水無瀬さんの方から俺に声をかけてきた。二見さんからは名刺をもらった、ほら」  皐樹はズボンのポケットに入れていた名刺を差し出した。受け取った桐矢が、ろくに見もせずに自分のズボンのポケットに仕舞うと、目を丸くした。 「お前にはまだ早い」  再び横になった桐矢は当たり前のように皐樹の膝に後頭部を預けてきた。 「廻が二見と会ってた、か」 「二見さんは、かなり年上に見えた」 「俺や廻より八つ上だ。幼稚園から大学まで生粋のストレート組だった」 「二十六歳でお店のオーナーをしてるのか。有能な人なんだな」 「父親が所有してる土地とビルの物件だ、コネだろ」  ベンチのそばに立つ常緑樹の枝葉が風に遊ばれる。揺らめく木洩れ日に眩しそうにするでもなく、桐矢は深く息をついた。 「二見は廻に護身用にナイフをプレゼントするような奴だ」 「ナイフ? さすがに物騒じゃ……いや、護身用ってことは、二見さんは知ってるのか?」  水無瀬が稀有なクイーン・オメガだとわかった上での仰々しい贈り物なのか。問いかけた皐樹に桐矢は告げた。 「五年前、二見は学校で初経が来た廻を襲った」  皐樹は愕然とした。  顔馴染みといった様子で二人が一緒にいるところを見ていた分、信じられない話だった。 「大学生だったアイツは偶々ここに遊びにきていた。放課後、校内で倒れていた廻を最初に発見して、クイーンのフェロモンにやられた。その場で十三歳を犯そうとした」  他人事さながらに淡々と話す桐矢に困惑し、皐樹が押し黙っていたら、彼は大きく身じろぎして自白した。 「見つけた俺が階段から二見を突き落とした」

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