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 青々とした空の下で成された罪の告白に皐樹は凍りついた。 「嘘だよ」  次に、平然と嘘だと打ち明けられて……かつてないくらいに憤慨した。 「全力で頬を抓るな、皐樹」  髪までぐしゃぐしゃにしてきた手を掴み、憤怒の形相で睨んでくる皐樹に桐矢は話を続ける。 「二見が廻を襲いかけたのは本当の話だ。寸でのところで俺が食い止めた。暴走していた奴を廊下で蹴り飛ばしてな。階段から突き落としてはいない」 「ほ、本当に? でも蹴っ飛ばしたのか?」 「暴走したアルファは生半可な力じゃあ止められない。お前もよく知ってるだろ」 「……」 「当時は色々デマが流れたけどな。噂につく尾ひれってやつは好き勝手に学園を泳ぎ回る」 (安藤達が話していたのは、この件だったんだ)  刀志朗や凛も関わっているのか。五年前に自分を襲おうとした相手と、どうして水無瀬は会っていたのか……。 「つまり俺とお前は似た者同士ってわけだ」 (深入りしないようにしていたのに)  いつしか知りたくなっていった。  桐矢のことを。 「俺の暴走を止めてくれたのはカオルだった」  もっと詳しく聞きたかった皐樹は、予想外の名前が出てきてフリーズした。オメガの手を掴んだままのアルファは、目を閉じ、脳裏に深々と根付く二つ目の記憶を手繰り寄せた。 「廻を組み伏せてる二見を見て、頭に血が上った。蹴り飛ばすだけじゃ足りなかった」  そこへ、近くを通りかかった、当時の担任だったカオルが血相を変えてやってきた。我が子と同じくクイーンのフェロモンの影響を免れた教師は、無抵抗の卒業生に跨って拳を振るおうとしていた教え子を死に物狂いで制止した。一切、手は上げずに。 「……じゃあ、お父さんも知ってるんだ、水無瀬さんのこと」  父親は、水無瀬がクイーン・オメガだと知らされていない教師側だろう。勝手にそう思い込んでいた皐樹は、ぽつりと呟いた。 「あんなにも頼もしい教師、他に知らない」 「……うん」 「カオルがきっかけになった」 「きっかけ……?」 「俺が教師を目指すきっかけだ」  痺れ出していた膝から頭を起こした桐矢を皐樹はまじまじと見つめた。 「これまで会っていたのか、それとも、土曜のその日限りか。どちらにせよ、まさか廻が二見と接触するなんて思わなかった」  予鈴が鳴り出した。庭園で昼休みを過ごしていた生徒が校内へ戻っていく。  立ち上がった桐矢はポケットの中に仕舞った名刺を握り潰した。 「皐樹、絶対に奴の店には行くなよ」 「ピュアリティ、だったか?」 「名前も忘れろ。ドラッグの売人が出入りしてる。オーナーの二見が客寄せのため招き入れてるんだ」  皐樹は小さく息を呑んだ。 「自分が乱暴しようとした相手にナイフを贈るなんて、理解できるか?」  手を差し出され、躊躇いがちに握れば頼もしい腕力で引っ張り起こされた。 「当時、二見は廻の家だけじゃなく俺のところまでわざわざ謝罪に来た。自分を止めてくれて感謝してる、礼がしたい、こっちが断っても妙にしつこくて、ご丁寧に手書きの反省文まで立て続けに送ってきた」  二見への嫌悪感を露にして桐矢は言う。 「仕舞いには廻にあのナイフだ。俺もその場にいたから、突っ返して、謝罪も反省文も十分受け取ったから二度と俺達に関わらないでくれと丁重に拒絶させてもらった」  それなのに水無瀬はナイフを手にしていた。二見が懲りずに後日届けにきたという。以来、彼との接触は途絶えた。桐矢は今日までそう認識していた。 「廻を襲ったのがクイーンのフェロモン効果とはいえ、奴の人格自体、虫が好かない。皐樹。二見とは距離をおけ」 「俺は名刺をもらっただけだ。もう会うことはないと思う」 「それでも肝に銘じて警戒を怠るな。いいな?」  真剣な眼差しの桐矢に念を押される。その上、両手で顔を挟み込まれ、彼の前髪が触れる程顔を近づけられて、皐樹は何回も頷く他なかった。

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