27 / 41

5-5

「皐樹、数Aのノート見せてくれる? 何回か居眠りしちゃって」  七月頭に待ち構える期末テスト。試験前で部活動が休みの刀志朗に誘われ、放課後の図書館で皐樹は勉強していた。 「皐樹のノート、綺麗で見やすいね、それにわかりやすい」  一階の自習スペースの窓際、真ん中に仕切りがついた四人掛けのテーブルに二人は横並びで座っていた。中央に配置された長テーブルでは中学部・高等部の生徒が黙々と復習に励んでいる。図書委員の桐矢は、今日は当番の日ではなく見当たらなかった。 (刀志朗は知っているんだろうか?)  水無瀬が二見と接触している。  表上、五年前の出来事は桐矢と二見の喧嘩として処理された。水無瀬はその場にいなかったことになっている。事実を知るのは当事者と、カオルや養護教諭を含めた極一部の教師だけ。刀志朗や凛は間接的に把握しているらしい。  未遂だったとはいえ、思い出させるのに躊躇し、皐樹は二見について刀志朗に尋ねるのを控えていた。 (桐矢は二見さんの店について詳しかった……行ったことがあるのかな) 「皐樹、難しい顔してるね。どこかわからないところあったら教えるよ?」  ノートの余白に無意味な線をボールペンでぐるぐる連ねていた皐樹は、思い切って別の質問をぶつけてみた。 「刀志朗、前に教室で俺に言っただろう? カフェテリアで凛さんがプンプンしていたのは、家族思いで、過去に色々あったからって」 「どうしたの? いきなり何の話?」  出鱈目な線がノートの端で途切れた。 「何があったのか俺に教えてくれないか?」 「僕の口からは言えない」  オフホワイトのベストを着た刀志朗はいつになく頑なな口調で回答を拒んだ。 「どうして知りたいの? 舜君のことが気になる?」  凛ではなく桐矢に対する関心と断定された皐樹は言葉に詰まった。 「今日の昼休み、庭園で舜君に膝枕してあげたんだってね」 「……何で知ってるんだ、いや、あれは向こうが勝手に……」  刀志朗はテーブルに置かれていた同級生の手を上から握った。骨張った手をすっぽり覆う、バスケットボールの扱いに優れている逞しい手を皐樹は繁々と眺めた。 「舜君は駄目だよ、皐樹が傷つくよ」  あたたかくて、ほっとして、気持ちがいい。 (桐矢に触られるとヒリヒリする)  肌の下で火花が散るみたいに、意地悪に刺激されて、心臓まで火傷したっぽくなる。  連休後、ふとした拍子に生じた校内の死角でキスをされる度、同じ目に遭った。 「桐矢を嫌うな、前にそう言ったじゃないか」  自分より華奢な手の温もりに意識が傾いていた刀志朗はやり場のない焦燥を募らせた。 「それとこれとは別だよ」  掌にさらに力が込められた。自習スペースの片隅で、刀志朗は抑えられずにありのままの気持ちを告げた。 「皐樹のことが好きなんだ」  どうして急に手を握ってきたんだろう。内心、不思議がっていた皐樹は、突然の告白に切れ長な目を見開かせた。 「刀志朗、俺は……」  包容力豊かな手に自分も手を重ねる。 「久し振りに友達ができて嬉しいんだ」 「友達?」 「うん。大事な友達だ」  刀志朗は俯いた後、一呼吸して顔を上げると「僕は違うよ」と、はっきり言い切った。

ともだちにシェアしよう!