31 / 41
6-2
マンションに帰宅して部屋着に着替える前に皐樹の携帯が振動した。
「皐樹か?」
「水無瀬さん……?」
番号を教えた覚えはない。どうして知っているのか、何の用で電話をかけてきたのか。皐樹が疑問を抱くよりも先に、水無瀬は前置きもなしに本題に入った。
「今から会えないか。お前にだけ話したいことがある」
一人きりのリビングで戸惑う皐樹に畳みかけるように彼は言葉を続けた。
「同じオメガとして聞いてほしい」
動揺の色を隠せずにいた切れ長な目が俄かに見張られた。
「わかりました」
心身を抱き竦めようとする緊張感を捻じ伏せ、返事をすれば、水無瀬は待ち合わせ場所を指定して通話を切った。熱気がこもるリビングでしばし棒立ちになっていた皐樹は、額の汗を拭い、制服姿のまま外へ出ようとした。
玄関前で、ふと立ち止まる。
真っ暗な携帯画面を一分近く凝視した後、張り詰める指先で記憶していた番号を打ち込み、電話をかけた。
「皐樹か」
呼び出し音が途切れ、鼓膜を一撫でした彼の声に皐樹の胸は波打った。
「……うん、俺だよ、桐矢」
「かけてこなかったら、今日の夜、お前の家に押しかける予定だった」
「期限は今夜までじゃなかったのか?」
「辛抱弱いのが俺の短所だ。連絡交換が成立した暁に今からデートにでも行くか?」
皐樹は素直に頬を紅潮させた。
「……今から水無瀬さんと会うんだ」
正直に伝えれば「廻と? どうしてだ。何の用で会う?」と、桐矢は即座に聞き返してきた。
「……よくわからない」
「理由もわからないで会うのか」
「どうして俺の番号も知っていたのか……今日、刀志朗には教えたけど」
「俺も行く」
迷いなく同行を申し出てきた桐矢に皐樹の胸は苦しいくらいに捩れた。待ち合わせ場所を尋ねられ、うっかり答えそうになった。
(……同じオメガとして……)
皐樹は口を噤んだ。
「皐樹、廻とはどこで会うんだ?」
自分の軽率な行いを悔やんだオメガは、いつの間にか恋しくなっていた声に返事を振り絞った。
「一人で行ってくる。桐矢は来なくていい。もう切る、ごめん」
皐樹は通話を切った。電話はすぐにかかってきた。もちろん桐矢からだ。画面に表示された、まだ登録していない番号を切れ長な目は消えるまで見つめていた。
ともだちにシェアしよう!