33 / 41

7-1-嘆きのクイーン

 二見の事務所はビルの二階にあった。ダイニングバーに似せた造りで、コンクリートうちっぱなしの内装、剥き出しの配管、壁際にはバーカウンターまで設置されていた。どの窓もブラインドで覆われている。天井に取り付けられたシーリングライトが薄暗いフロアを照らしていた。 「どうぞ」  皐樹は総革張りのソファに案内された。二見の知り合いなのか、三人の若い男がカウンターでビール瓶片手に喫煙していた。入ってきた制服姿の高校生を見、特にリアクションするでもない。廊下でも男二人が煙草を吸っていて紫煙が立ち込めていた。  程なくして二見が炭酸水を注いだグラスを二つ、ローテーブルへ持ってきた。隣に座った水無瀬が先に手にとり、皐樹も口をつけようとして、はたと思いとどまった。気にし過ぎかもしれない。それでも桐矢の言う通り、警戒しておくに越したことはなかった。 「水無瀬君、冷え症だからって、さすがに厚着じゃないのかな。熱中症になる」  向かい側のソファに腰かけた二見は水無瀬に気軽に話しかける。テーラードジャケットのセットアップに涼しげな白シャツを合わせ、足元を飾る焦げ茶のタッセルローファーは上品な光沢を放っていた。  肌寒いくらいに冷房が効いた室内で水無瀬はうっすら笑う。 「無駄に肌を見せたら貴方にまた襲われそうなので」 「あのときは本当に我を忘れていたんだよ。暴走しているフリをして君に襲いかかったわけじゃない」 「そういうことにしておきましょうか」  水無瀬と二見の会話を聞いていた皐樹は、内心、二人の神経を疑うばかりだった。 「不思議に思っているだろう」  外敵の巣に放り込まれた気分で一向に落ち着かない下級生に水無瀬は悠然と声をかける。巣の中心にいるクイーン・オメガは普段と同じ美しい笑みを湛えていた。 「五年前に自分を犯そうとした相手と親交を持つなんて、異常だと思うだろう?」  過去に何があったのか、皐樹が把握済みであるのを知っているような口振りで、水無瀬は横から下級生を覗き込んだ。 「二見さんには、ある目的のために俺の方から会いにいった」 「目的……?」 「水無瀬君とは六月にあのホテルで久し振りに再会したんだ。突っ返されたプレゼントをこっそり届けにいって以来だった」  嫌悪感を露にしていた桐矢とは対照的に、二見は懐かしそうに表情を和らげた。 「桐矢君に邪険にされたの、よく覚えてる」 「俺のためなら何でもする。二見さんからの謝罪の手紙に書かれていた言葉を証明してもらうために、舜には黙って会った」  七年前も、五年前も、被害者であったはずの水無瀬は悲壮感など一切漂わせずに陶然と回想する。 「舜に守られるのが好きだった。だから襲われるのは苦じゃない」  全く共感できない思考に皐樹は慄然とした。 「まさか、二見さんに頼んで、わざと襲ってもらうつもりですか?」  再び桐矢に守ってもらうため、狂気の沙汰とも言えるヤラセに及ぶのではと危惧した皐樹に「笑止千万だな」と、水無瀬は冷笑した。 「舜に茶番は通じない。狩りに長けた狩人だからな。お前も知っているだろう」 「それじゃあ、何が目的で二見さんに会いにいったんですか?」 「誰にも縛られない、誰のものでもない、自由な舜は俺の光なんだ」  質問を聞き流した水無瀬は冷えた手で皐樹の首筋を撫でた。爪の先で頸動脈をなぞる。掻き切れば、どれだけの血が溢れ出るか知っている場所だった。 「どうして誰にも言っていない話を教えたのか。それはな、お前が俺を恐れたらいいと思ったからだ」  薄い皮膚に爪がめり込んで皐樹は小さく呻いた。 「俺を心配してくれてありがとう、皐樹。舜と違ってお前は頭が悪くて騙しやすい」  足を組んだ二見も、事務所内にいる他の人間も不自然に押し黙っていた。  具合が悪いフリをしたと白状した水無瀬は、驚きや混乱に射竦められている皐樹に告げる。 「襲われるのは俺じゃない、皐樹だ。ただ犯されるだけじゃない。確実に孕んでもらう」

ともだちにシェアしよう!