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 敵意は感じていた。だが、まさかここまで非道な目に遭わせようとしてくるなんて予想だにしなかった。 「吉野君、一口も飲まなかったね。頭は悪くないと思うよ。ただ状況を甘く見過ぎていただけで」  気がつけばソファの真後ろに迫っていた男達。皐樹はあっという間に押さえつけられた。しかも両手は手錠によって拘束され、念入りに自由を奪われた。 「ご察しの通り、睡眠薬入り。寝ている間に済ませてあげようと思ったのに」  向かい側のソファで二見が肩を竦めてみせる。彼の隣に移動した水無瀬は、三人の男から押さえ込まれた皐樹を無表情で眺めていた。 「でも、連続で種付けされたら、さすがに起きるかな」  二十代前半と思われる男達に抵抗を封じられ、歯軋りしていた皐樹は絶句した。 (本気なんだ)  上級生の安藤達とは比べ物にならない。今の彼等には無駄がなかった。人を虐げるのに手馴れていた。 「ん……⁉」  見慣れない模様入りの錠剤を口内に突っ込まれた。ぎょっとした皐樹が吐き出せば、男の一人が拾い上げて喉奥まで突っ込んできた。 (誰が飲むか!)  皐樹は口の中に侵入した指に噛みつき、必死になって錠剤をまた吐き出した。 「あーあ。駄目だこりゃ」 「二見サン、このコの歯、抜いてよかったりしますかね?」  彼等は半グレと呼ばれる準暴力団のメンバーであり、二見が取り分け懇意にしている常連客だった。 「さすがに抜歯は可哀想というか」  立ち上がった二見は困ったように皐樹を見下ろした。 「吉野君、これは親切心だから。正気のままでいるより、気持ちも体もリラックスさせて楽しんでもらった方が、まだマシかと思う」  皐樹にのしかかっていた男と入れ替わり、また別の錠剤を舌の上に乗せた彼は、身を捩じらせるオメガに口づけた。切れ長な目は限界いっぱいまで見開かれる。全身が総毛立ち、不快でしかない異物感に吐き気が込み上げ、その舌尖に噛みついた。 「ッ……いたた……」  皐樹は咳き込んだ。口内に押し込まれた錠剤を吐き捨てる。唇に血を滲ませた二見は激怒するでもなく苦笑した。 「人の親切心を台無しにして、悪い子だ」  これから人一人の身も心も凌辱するつもりでいる人間とは思えない平静ぶりに、皐樹はゾッとした。暴力を振るわれるよりもダメージを受けた。 「皐樹を犯すのは二見さんだけにしてください」  それは水無瀬にも言えた。向かい側のソファで、映画鑑賞でもするかのように寛いだクイーン・オメガは冷静に指示を出した。 「二見さんの種がいい。舜が誰よりも嫌悪している貴方だからこそ効果的なんです」  腕にタトゥーを入れた男からタオルで猿轡された皐樹は、抗うのも忘れ、水無瀬を凝視した。 「さすがに俺一人で妊活を遂行させるのは、ちょっとプレッシャーがね」 「貴方の痕がついた体なら、きっと舜は煙たがる。貴方の子どもを孕んだとしたら尚更だ。疎ましくなって離れていくに違いない」  拘束された両手を頭の上で縫い止められた。二見にネクタイを奪われ、シャツのボタンも一つ一つ全て外された。 「身の破滅を招くご指名、有難いね。特別な存在であることを抜きにしても、水無瀬君はやっぱり面白い」  余計な揉め事を増やさないため、水無瀬がクイーンであることは常連客に伏せられていた。 「うう……ッ」  頻りに唸る皐樹に覆い被さり、足の間に割って入った二見は、うねる黒髪を掻き上げて滑らかな素肌にキスをする。 「君に恨みはない。もちろん桐矢君にも。むしろ興味が尽きない。あんなに痺れた瞬間は後にも先にもないから。ドラッグでも追い着かない極上の瞬間だったと思うよ」  二見自身、薬物に手を出したことはなかった。環境に恵まれたアルファは、極端なリスクを侵さずに人生をそれなりに謳歌し、順風満帆に生きてきた。高望みはしない。今まで通りの不自由ない暮らしが続くのなら、それでよかった。  五年前に何でもすると誓ったとはいえ、身の破滅を招きかねない水無瀬の欲求に応じ、躊躇うことなく罪を犯そうとするのには理由があった。 「桐矢君の安全装置を外してみたい」

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