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 初経を来たしたクイーン・オメガの性フェロモンに狂的に興奮し、母校で在校生を襲いかけた二見の暴走は桐矢によって阻止された。蹴り飛ばされた時点で、ほぼ正気に戻った。激昂していた桐矢が自分に跨り、殴りかかろうとしているのを見、完全に目が覚めた。 「先生が止めに入らなかったら、俺のこと殺していたんじゃないかっていうくらい、あのときの桐矢君は獰猛だった。目に焼きついたよ。中学生とは思えない凄味があった」  二見の手がベルトに届く。皐樹は精一杯足掻いたが、呆気なく蔑ろにされた。 「彼の本当の姿を見てみたい。だから、ごめんね。産むか産まないかは吉野君が決めていい。もちろん費用は全額出す。警察に起訴するかしないかも、君の好きにしていい」  安定した日々の維持を心がけている一方で、興味を引かれてやまない桐矢の本性を暴くことができるのなら、日常を手離して罪を犯すのも、自分の身に危険が及ぶのも厭わない。善悪や価値観の天秤が狂っている二見を前にして皐樹は心が折れそうになった。 (二人とも普通じゃない)  そもそも買い被りすぎだ。桐矢にとって自分は狩人ごっこの獲物に過ぎない。大した未練も執着も持たれていないというのに……。 「俺はここで見届ける」  皐樹は横目で水無瀬を見やった。やはり表情一つ変えずにいるクイーン・オメガに途方もない徒労感が押し寄せてくる。抵抗を投げ出して、何もかも諦めたくなった。 「なるべく痛くしないようにするから。長丁場にはなるけどね」  誰の顔も見たくない。皐樹は投げ遣りに目を閉じた。本物の悪夢としか思えない現実から少しでも逃避しようとした。  薄暗い瞼の裏で邂逅したのは桐矢だった。  いつも何かと小馬鹿にしてくる、不遜で、不敵な笑みが似合う上級生。  この心を攫っていった唯一のアルファだった。 (嫌だ)  皐樹は目を見開かせた。馴れ馴れしく触れてくる二見を、ありったけの怒りを込めて睨みつけた。 (絶対に、嫌だ)  どれだけ無様になってもいい。この体を守りたい。  自分が許していない相手に爪の先一片だって明け渡したくなかった。 「馬鹿犬みたいに唸ってやがる」 「腹に一発くらい入れときます?」  抵抗が弱まったかと思えば、また形振り構わず暴れ出した皐樹を男達は鼻で笑う。もがく手足を折る勢いで手加減なしにソファに押さえつけた。 「ッ……!」  皐樹は喉奥に悲鳴を詰まらせた。痛みと恐怖で涙が出てくる。それでも、たとえ殴られて、手足を折られたとしても、最後まで抵抗はやめないと我が身に約束した。 「常に動かれると挿入しづらいし、可哀想だけど、一発だけなら」  二見の許可を得、ドレッドヘアの男は喜んで拳を握った。皐樹は強く目を瞑る。腹に力を込め、打撃を食らう覚悟を決めた。  しかし、実際に殴られたのは皐樹ではなかった。ソファの脇に立っていたドレッドヘアの男自身が突如として顔面を殴り飛ばされた。  瞼をきつく閉ざしていた皐樹は、けたたましい音にギクリとした。自分を殴ろうとしていた相手が倒れ込んだとは思わずに、威嚇の一種かと、頑なに防御を緩めずにいた。 「ソイツに触るな」  鼓膜に届いた、恋しい声。  夢かと思った。  この場に彼がいるはずがない、ありえない、きっと幻聴だ……。 「今すぐ皐樹から離れろ」  目を開けばソファのそばに桐矢が立っていた。思いがけない闖入者に誰もが固まり、正に降って湧いたように現れた彼に釘づけになっていた。 「まさか現場に突入してくるなんて随分なフライングだなぁ」  薄手のナイロンジャケットを羽織った桐矢は、殺気立つ目を二見に向ける。次の瞬間、二見の体は吹っ飛んだ。皐樹から引き剥がされて問答無用に蹴り飛ばされたのだ。 「今すぐ離れろ。そう言っただろ」

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