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エピローグ

 束の間の眠りから目覚めればベッドに桐矢の姿はなかった。  浴室からシャワーの音が聞こえ、寝惚け眼の皐樹は気怠そうに寝返りを打った。レースカーテンは西日に染まっている。夜に近づく街のざわめきが聞こえてきた。  横向きになって丸まっていた皐樹は、のろのろ起き上がる。乱れていたバスローブを心許ない手つきで羽織り直すと、外の景色に興味を引かれてベッドから降りた。  窓辺には丸テーブルが設置されている。テーブルを挟んで一人掛けのソファが向かい合っており、その一つに桐矢のモッズコートが無造作に放り投げられていた。  まだ多少ぼんやりしている皐樹は袖に腕を通してみた。 「……大きい……」  バスローブの上からでも十分に余裕があり、やたらと余る袖を見、ふにゃりと笑う。 「もしかしてヒートになったのか」  ダークネイビーのチノパンを履いた桐矢が半裸で戻ってきた。眠たげだった切れ長な目は覚醒し、みるみる赤面していく皐樹を、彼は後ろから思いきり抱きしめた。 「俺の服で巣作りでもするつもりだったか」 「ッ……変な触り方するな」  バスローブの合わせ目から胸元へ伸びてきた手を、皐樹は、パチンと叩く。 「そろそろ欲張りな腹が鳴り出す頃か。夕食は俺が買ってくる。皐樹はベッドで毛づくろいでもしてろ」  ボサボサになった黒髪を撫でて桐矢は離れた。いつまでも「一匹狼ちゃん」扱いされて仏頂面で振り返った皐樹は、彼の背中に縦一文字に走る傷痕を見つけた。  その傷痕は、彼に狩られてきた者達ですら見たことがなかった。狩人は隙をつくらなかったのだ。今日までは。 「俺は凛さんみたいに強くない」  皐樹は雫を弾くしなやかな背中に寄り添った。熱いシャワーを浴びて温もる肩に、そっと額を押し当てる。 「でも、俺も守る。桐矢のこと」  髪を掻き上げた桐矢は、サイズの合わないモッズコートを羽織り、遠慮がちに自分に寄り添う皐樹に視線を注いだ。 「もしも俺が発情期になったら皐樹が面倒を見てくれるんだったな」 「……いきなり何の話だ?」 「首輪と手枷と足枷で飾りつけて、犬小屋に招待して、つきっきりで俺の世話をしてくれるんだろう? 約束だからな」  すぐさま安定の仏頂面を取り戻して「特大の犬小屋を用意してやる」と、受けて立った皐樹に彼は会心の笑みを浮かべた。  予感は確信へと変わった。 「俺と桐矢が運命の番だなんて、どうしても信じられない」  物珍しそうに赤い髪を(くしけず)るオメガにアルファはわざとらしくため息をついてみせる。 「それなら永遠の隣人だとでも思ってろ」  二人きりの巣さながらなベッドの上で皐樹は笑った。 「そっちの方がわかりやすい」  深まりゆく夜の片隅で。二人は誰よりもそばにいてほしい隣人に身も心も捧げ合った。 end

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