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第6話

 まだ続けてほしいところだが、残念ながら霞の精神状態的にこれでおしまいだろう。そう思うとなんだか無性に悲しくなってきた。楽しかった気持ちが一瞬で消えてなくなる。ヤバい、と思った時には涙が溢れてきていた。 「え!?どうして泣くんですか、何かあったんですか?…っ、その傷跡…」  首元への視線に、ようやく気づいたか、という感情と、化粧で上手く隠していたのにな、という感情が同時に湧く。  不安症の症状のひとつとして、自傷行為を繰り返すというものがある。長らく不安症を患っていた希は持ち前のプライドでそれだけはしないようにしていたが、Ω用のチョーカーの周りを引っ掻くことだけは止められなかった。  αがΩの(うなじ)を噛むと、「(つがい)」という関係が成立する。それは強い繋がりで、αはそのΩが、Ωはそのαが唯一無二の存在になる。本人達の意思に関わらず。だから番のいないΩは項を噛まれないようにチョーカーをつけることを義務付けられている。体の一部のようなものだったそれが、不安症になってからなぜか邪魔に思うようになった。  深爪になるくらい切って、時間をかけて丸めても、肌より固い爪で何度も引っかけば傷は付く。入念に化粧で隠していたが、それでも気づく者はいた。でも彼らは何も言わなかった。自分達のプレイで希を満足させられなかったことを分かっているからだ。そして希がどのDomとも、何度もセックスすることはあってもプレイは1回しかしないことも、彼らは知っていた。  どうしようか、目の前のDomに全て話してしまおうか。そう思っても、涙が止まらなくて上手く話せない。それどころか、少し過呼吸気味になってきた。まずい、落ちる(ドロップする)。この感覚には覚えがあった。  その時、背中に手が添えられるのを感じた。 「落ち着いてください、ゆっくり吸って、吐いて…」  柔らかなグレアを感じながら、背中の手に合わせて呼吸する。涙が引き、息が落ち着いてくるのを感じた。 「ねえ、どうしたんですか、説明して(S a y)」  言葉が脳に染み渡る。誰にも、親にも言わなかった秘密を、初めて会うDomに言うのか。躊躇はしたが、それは一瞬だった。希は話すことを選んだ。 「俺、グレアがあんま好きじゃなくて、」 「はい」 「今まで色んなDomとプレイしたけどダメで、」 「…はい」 「…っ、お前、お前のがいい、契約(Claim)して、お前じゃなきゃやだ…!」  せっかく涙が引っ込んだのにまた泣いてしまった。しかもすごく恥ずかしいことまで言ってしまった。それでも撫でてくれる手から離れることは出来なかった。 「よく話してくれましたね(G o o d b o y)。…いいですよ」 「いい、の?」  ぐすぐすと泣きながらなんとか尋ねる。 「僕達お互いのことを知らないので契約してパートナーになるのはまだ保留にしたいんですけど、」  それはそうだ。DomとSubとの契約(Claim)。自分はこの人とプレイをしたい、このDomのものになりたい、という意思表明。αとΩの番よりは軽いが、それでもそれなりの重みがある。つい口走ってしまったが、今言うことではなかった。柄にもなく少し頬が熱くなる。 「でも、これからは定期的にプレイしましょう。本当に僕なんかのグレアがいいのなら」 「お前がいい。お前とプレイしたい…」  泣き疲れたのか、頭がぼうっとする。またこのDomとプレイできる、嬉しいな、と思いながら目を閉じた。

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