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第12話
霞の実家は郊外にあった。
「ここ?」
「はい、そうです」
霞が希を連れてきたのは、古いアパートだった。霞がインターホンを押すと、ぱたぱたとかけてくる音が聞こえ、ドアが開く。
「いらっしゃい、あら、まあ」
霞の母親がこちらを見て驚きの声をあげる。
「彼氏を紹介したいっていうからどんな方でしょうと思ったらこんなイケメンさんを連れてくるなんて、うちの子も隅に置けないわねえ…ろくなものもお出しできませんけど、すみませんね」
「いえいえ」
霞の母親が用意したスリッパに履き替えて部屋に上がる。
ここが霞の家。希は少し興奮しながらも、なるべく辺りを見回さないように気をつけてリビングに向かった。
「うち、片親なんです」
霞の家に向かう前に、そう聞かされた。
「といっても父は僕の小さい時に死んだので、特に何も覚えてないんですけど。両親は両方ともβNormalだったのに変異で生まれてきたαDomの、しかもろくにフェロモンもグレアも出ないでいじめられてばかりの僕を母は1人で育ててくれて、僕の行きたかった大学にまで行かせてくれたんです。ほんと、感謝してもしきれない」
「確かに、真面目に育ったよな」
「といってもダイナミクス性が発現してからは荒れてましたけど…『こんなことしか出来ないけど』ってプレイバーを探してきてくれてお金まで払ってくれて…だからきっと、希さんのことは喜んでくれると思います」
しっかりと手を繋ぎ、こちらを見上げてくる霞の笑顔は眩しかった。
「これ、つまらないものですがどうぞ」
「あらいいのに、これいいところのお菓子じゃないの、うちにはとてももったいないものだけれど、ありがたくいただくわ。でもせっかく持ってきてくれたのだから、みんなで食べましょう」
そう言われ、渡した饅頭と霞の母親が用意したスナック菓子を食べ、お茶を飲みながら希達は話した。
「あの子がこんな立派な子を連れてくるなんて、誇らしいわ」
「母さん、それ何度も言ってるよ」
「あら、でも本当のことなんだから仕方ないじゃない。霞から大体の事情は聞いてるわ。あの子に一緒にいたいと思い合える子ができるなんて、本当に嬉しい。幸せになるのよ?」
「うん、絶対に」
「はい、共に歩んでいきたいと思っています」
「何かあったら気軽に相談してちょうだいね?私に出来ることは少ないかもしれないけど、できる限りの事はするから」
「はい、ありがとうございます」
「そんな畏まらなくてもいいのに、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」
「はい」
「…その調子だとまだかかりそうね…」
「ちょっとトイレ行ってくる」と霞が席を立った後、霞の母親が真面目な顔になった。
「あなたには重い話になるかもしれないけど、話しておきたいことがあるの。…あの子はね、1人で背負いすぎるところがあるのよ。小さい頃に父親を失ったから、自分がその分も頑張らないと、と思ってるのだと思うわ。自分がαDomと分かってから、尚更」
希は検査によって産まれる前に性別がわかっていたが、この検査は費用が高い。しかもβNormal同士の夫婦から希少性が産まれる確率は僅かなので、受ける者は少ない。だからバース性やダイナミクス性が発覚した時、本当は霞も、霞の母親も、2人とも希の想像よりずっと大変な思いをしたのだろう。
「だからこそ、あの子は体質のことをすごく気にしていた。でも、それを変えてくれたのがあなたなんでしょう?だったらきっとうまくいくわよ。どうか、あなた達は2人で幸せになってね」
涙が出そうになるのをこらえる。彼女にはそれが出来なかったのだ。
「…はい」
「なんか僕がいない間に話してたでしょ」
しばらくしてトイレから戻って来た霞が訝しげな顔をした。
「いいえ、全然?霞の小さい頃の面白い話をしてたのよ」
「そうそう、まさか霞が子供の頃はあんなことをしてたなんて」
「えっ何待って!何話してたの!?」
その狼狽えぶりを見て希も、霞の母親も笑う。それを見て霞が呆れた様子で見てくるのが面白くてさらに笑ってしまった。
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