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第13話

「ほら、ここが俺の実家」 「うわあ…」  霞が希の家を見上げて口をぽかんと開ける。 「うちに来たやつ、大体そういう感じの反応するんだよな。そんなにでかい?」 「大きいですよ!これに比べたら僕の家とか…」 「でかいだけだから。もう兄弟はみんな嫁ぐか一人暮らし始めちゃって、うちの親しかいないんだ」 「へえ…」  希は家の鍵を開け、「ただいま~、連れてきたよ」となんでもないように言いながら中に入ろうとした。 「うお」  すると勝手にドアが開いた。いや、希の母親がドアを開けたのだ。確かに何時頃つくとは伝えてあったが、まさかずっとドアの後ろで待機していたのだろうか。 「どうぞ、お入りください」  しかも化粧もしっかりして、普段着ないような着物まで引っ張り出して、一分も隙が見当たらない。正直希が見てきた母の中で、1番恐ろしかった。  ここでは母がトップだ。如月家のΩは、代々1人は家に残ってαを婿にとっていた。そうすることでΩの血筋を継いでいたのだ。伝統的に、如月家の当主は代々Ωの方だった。そして、今の当主は母だった。  リビングに行くと父がどっしりと腰かけていた。やはり着物を着ている。形式上母よりは地位は下ということになるが、さすがにαなだけあって威圧感が凄まじい。これが世にいう圧迫面接だろうか。  霞は既に胃が痛そうだ。自分もだ。というよりお互いの両親に会うと約束してからずっと、本当は気が重かった。そもそも結局まだ自分の体質について言えていない。それどころか、ドロップしてから顔を合わせるのを避けていたし、プレイバーに通うようになってしばらくして逃げるように大学の寮に移ってから、ろくに連絡すら取っていないのだ。本当にこの前、霞を紹介したいから帰ると、日時を短くメールしたくらいで。 「あの、これ、お口に合えば幸いです」 「どうも、お気遣いありがとうございます。お母様にもよろしくお伝えください」  霞の手がピタリと止まる。一拍遅れて、希も違和感の正体に気がついた。 「僭越ながら、井浦 霞さん、あなたのことは全て調べさせていただきました。希の番兼パートナーとして相応しいかどうか、信頼するに足るかどうか」  冷たい声で母が話し、横で父が腕を組んで高圧的に座っている。おかしい。希の両親はもっと優しくて、暖かくて、こんな鋭利な刃物のような人達ではなかったはずだ。 「母さ、」 「希は口を出さないで。これは如月家と井浦さんとの話です」  そう言われては何も言えない。希は歯噛みして椅子に座り直す。 「希は如月家の最後の1人。あなたがこちらの籍に入るのであれば、あなたは如月家を背負うことになる。希があなたに嫁ぐのであれば、如月家という家は終焉を迎えます。そして、いずれにせよあなたは希という1人の人生に責任を負うことになります。その覚悟はおありですか」  長い沈黙が降りた。希の精神は既に限界に近づいていた。しかし隣の、自分のαDomの返答を聞くまでは、それまでは落ちたくない。その一心で待った。 「僕は、」  震える声で霞が話し出した。 「僕は、片親で、家に蓄えもあまりありません。フェロモンもグレアもあまり出ない、αとしてもDomとしても不完全な存在です。希さんを、ドロップさせかけたこともあった」  霞が両手を握りしめる。それに希も手を重ねる。霞の手は冷えていたが、希はそれでなんとか自分を保った。霞もそうであるといいと願いながら。 「だけど、希さんは僕がいいと、僕じゃないとダメだと言ってくれた。そして僕も、希さんでないといけないんです」 「もし私達が許さないと言ったら?」 「…それなら、あなた達から希さんを奪って逃げます。彼は僕のΩで、Subです。もう僕達はお互いを手放せない。もしそれが許されないのなら…」 「もういいだろ!」  希が耐えきれず叫んだ。3人がこちらを見る。父と母の表情が変わらないことに恐怖しか感じない。 「俺と霞は幸せになりに来たんだ。どうして素直に喜んでくれないんだよ!」 「じゃあ希、あなたはどうしたいの?あなたはなぜ、井浦さんを選んだの?」 「俺はっ…!…最初は、霞のグレアに惹かれたんだ。でも付き合う内に、霞そのものも好きになった。俺は霞のものになりたい。霞だけのものに」 「…本当にグレアそのものに惹かれたの?」  母親が何もかもを見透かすような目で見てくる。その目を見て、希は、もう隠せないんだと悟った。 「………ごめんなさい。俺、グレアに耐えられないんだ。霞くらいの弱いグレアじゃないと、気持ち悪くて…」 「ずっと黙っていたの?」 「……はい。グレアに耐えられないなんて、俺は出来損ないだって、思って…!」  堪えられない涙がぼろぼろと落ちる。霞が背中に手を添えているおかげで、自分がここにいるとわかる。大丈夫。霞が、自分のDomがちゃんと繋いでくれている。  母はしばらくして、大きくため息をついた。刃は収められたかに見えたが、次の瞬間それは希に再度突きつけられた。 「…知っていたわよ」  ひゅっと息を飲む。やはり、知られていた。当然だ、だって。 「病院でお医者様に聞かれたもの。どうしてこうなるまでプレイをしてこなかったんだって。それで事情を話したら、グレアに嫌悪感があるのかもしれないって言われたのよ。あなたが寝ている間に検査をして、数日後に結果を聞いたわ」  そうだ、希が倒れて2人が原因を調べないわけがない。だからこそ、2人が黙っているのが怖かったのだ。そして希は逃げ出した。 「あなたが悪いんじゃないのよ。こうなったのは気づかなかった私達の責任。嫌われても仕方がないと思った。だから番やパートナー探しについては私達は口を出さず、あなたの自由にさせることにしたの。もちろん、あのバーにはこっそりとガードを付けていたけど…でも、それが逆にあなたを不安にさせていたのね。…ごめんなさい」  母は希に頭を下げた。そして霞にも。 「井浦さん、あなたにも試すようなことをしてごめんなさい。調べさせてもらったと言っても、分かるのは表面だけ。こうして話すことであなたのことは大体わかったわ。あなたは自分の思っているようなちっぽけな人間じゃない。それに何よりあの希が選んだのだから、あなたは希を幸せにするでしょう。そして希もきっとあなたを幸せにする。如月家はあなた達を全面的に応援します」 「ああ、2人とも、怖がらせてすまない。父さんも母さんも、DomとSubはともかくαとΩの結びつきについてはよくわかっている。その重さも。だからこそ、希を幸せにできるαDomを探していたんだ。君はそれに相応しい。同じαだからこそ、君の決意はよく分かった。共に選んだ道を歩みなさい」  冷たい空気が霧散した。 「とおさん、かあさん…゙っ」 「ああ、本当に怖がらせてしまったのね、ごめんね、もういつものパパとママだから、安心して」  希の母が希を優しく抱きしめて、頭を撫でる。ようやくいつもの両親が帰ってきたような気がして、しばらく希はそのまま泣いていた。 「霞君、君も本当によく頑張った。希が落ち着いたら2人で希の自室で休みなさい。夕食の時間になったら呼ぶから、それまでゆっくりしておいで。なんなら泊まっていくといい」 「いえ、そんな…」 「興味あるだろう?」 「…はい」 「よしよし、今日は希の好きな料理を沢山作るからね」 「うん…」 「本当に、ごめんね…」 「……うん」  今までの疲れがどっと襲ってきて、希は目を閉じた。

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