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1 始まり

「千歳さん、恋愛小説を書きましょう」 事の端末が始まったのは担当編集者の言葉だった。 恋愛小説、私の苦手な言葉である。 今まで様々なジャンルの小説を書いてきたが、恋愛小説だけは一度も書かなかった。 恋愛小説を書かずとも人気は出たし、自分の書きたいものを好きなだけ書いて収入も得ている。 「私、恋愛小説だけは嫌なんですけどね…」 「勿論知ってます、でも…そろそろ千歳さんの恋愛小説が読みたいという読者の声が多くなってまして…」 「編集長は何て?」 「期限は長く設けるから書いて欲しい…と」 「流石、私の事をよく知っている人だ」 中途半端な小説は絶対に世へ出したくない私の情熱を知っているだけあり、執筆期間を普段よりも長く設けてくれるらしい。 読者の声もあるとなれば断る事も難しくなる。 それに、いつまでも毛嫌いしてる訳にもいかない。 「……分かった、恋愛小説書くよ」 「本当ですか!?編集長も大喜びですね」 「そこは読者じゃないのか…」 嬉しそうに笑顔を浮かべている松井さんを見ながら、ふと疑問に思った事を投げかけた。 「このまま小説に力入れても大丈夫か?」 「同時並行で行われているドラマ化の件もあるので、最初はドラマの方優先でお願いします」 「あぁ…キャストが決まったんだっけ」 「はい、主人公役の方はモデル兼俳優でとても綺麗な方らしいですよ」 「へぇ……」 数年前に書いた人情モノの小説がドラマ化する事になり、もうすぐ撮影が始まるところだった。 松井さんから貰った台本のキャスト欄に目を通すと、昔馴染みの俳優が多い中で見慣れない名前が記載されている。 「天瀬直人?」 「もしかして千歳さん、聞いた事ありません?かの有名な天瀬一之輔のご子息ですよ!」 「あぁ、あの昭和俳優の…初めて聞いたな」 「演技力は高いらしいので楽しみですね!」 「"演技力は"って、何かダメな所が?」 昭和の名俳優の息子となれば周りからのハードルも高いだろう、しかしその演技力が高いと言われるなら、逆に素行や態度が悪いのか? そんな私に、松井さんは首を横に振りながら困った様子で答えた。 「いえ、本人はとても好青年ですよ」 「なんだ、 じゃあ制作側にバシバシ言っても大丈夫そうだな」 「やめてください、また僕の胃が痛みますから」 胃を抑える松井さんを見てケラケラ笑っていると、突然彼のスマホが鳴り出した。 "編集長"という表示に松井さんは慌て出す。 きっと私の事で色々言われるのだろう、申し訳ないと思うが直すつもりは無い。 「やばい、戻る時間だ…千歳さん!次までに大まかなネームをお願いしますね!」 「分かった、出来るだけ書いてみるよ」 バタバタと家を後にする彼を見送り、ため息をつく。 恋愛小説を書くとは言ったが、肝心のストーリーが一切浮かんでこない。 初恋系?それとも泥沼系?あえてのファンタジー? 「…とりあえず頑張るか」 誰もいない部屋でポツリとそう零し、私は何も考えずにパソコンへ向き合った。

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