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桐人の自転車が走り去った道をしばらく眺めたあと、ドアを閉めた。
朝洗って置きっぱなしの水切りカゴの中身を食器棚に戻して、2人分のグラスを洗った。
あ、そうだ。洗濯物入れなきゃ。
なんとなく、心がふわふわしてる。
暮れかけた空。ピンクから群青までの綺麗なグラデーション。
明日も学校に行けば桐人に会えるんだ。
なんでこんなにワクワクしてるんだろう。
分かんない。分かんないけど。
楽しい気持ちになるのはいいことだ。
ちょっと無理して頑張ってあの高校に行って良かった。
まあ、自転車で通える範囲がよかったってのが、1番の理由だったけど。
机の引き出しを開ける。奥の方に、昔撮った桐人とのツーショット写真と、遊園地の半券。
また会えるなんて思ってなかった。引越したら、もう二度と会えないと思ってた。
あ、
桐人、いつ戻って来てたんだろう。
それを訊こうと思ってたのに、すっかり忘れてた。
桐人と話してると、桐人が目の前にいる事でいっぱいいっぱいになって、色んな事が吹っ飛んでしまう。
まだ、桐人の存在に慣れてないからかな。
『お兄ちゃん』になりかけた桐人は、他の友達とはやっぱり違う。
そう思いながら、また写真を机の奥に仕舞った。
桐人、あの約束覚えてるかな。
うちの近所の神社の例大祭。露店がズラッと並んで結構賑わう、まあまあ有名なお祭りで、小学生の頃のオレは毎年楽しみにしてた。桐人もそのお祭りは知ってて、でも小学1年生の時に行ったのが最後だったって言ってた。
お祭りは日にちが決まってて、土日とは限らないから「両親が離婚した後は行けなかったんだ」と言った桐人は少し淋しそうに見えた。当時の桐人の家からは、子どもだけで来るには神社は遠かった。
「一緒に行こうよ、今度のお祭り」
オレは桐人の手首を掴んだんじゃなかったかな。
ね、と言ったオレに、確か桐人は、うん、と応えてくれたと思う。
でもその約束をした日を最後に、もう桐人には会えなくなった。
普段明るい母も、さすがにどんよりしてて何も言えなかった。
今更だけど、今年のお祭りに桐人を誘ってみようかな。
今も毎年邦貴たちと連れ立って行ってる。桐人の友達も一緒にみんなで行ったらどうだろう。
なにげに両方の友達、上手く混ざってきてるし。
洗濯物を畳みながら、自然と口角が上がる。
話したいことがいっぱいある。
あ、そうだ。連絡先訊いたんじゃん。
早速メッセージを送ってみた。
ーーー桐人、いつこっち戻ってきたの?
しばらく待つと受信音がピロンと鳴った。
ーー2年半くらい前かな。
ーーーそっかー。早く知りたかったなー。
そう返信して、さらにメッセージを送ろうと思ってスマホを見つめ、「あ」と思う。
桐人、晩ごはん作るんだっけ。ならジャマになっちゃうな。
また後にしようか。それに明日になったらまた会えるし。
そんな事を考えながら、早く朝にならないかな、なんて久しぶりに思った。
そういえば、特定の誰かに会いたくて学校に行きたいって思うのは、初めてだなと思ったりした。
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