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「ほら」
昼休みのチャイムが鳴ってすぐ、目の前に弁当だと思われる黒いバッグが置かれた。
バッグを持ってきた人物を見上げる。
「桐人?」
「俺、学食行くから。金じゃなきゃいいんだろ?」
「え、でも」
「ほぼほぼ昨夜の残り物だけど。じゃ、俺A定食狙うから」
そう言ってさっさと背を向けて、桐人は行ってしまった。
A定食は学食の1番人気で、早く行かないとすぐ売り切れる。
「良かったじゃん、森下」
「遠野、いいやつだなー」
「…うん」
こうなったら頂かないわけにもいかない。
黒いバッグを手前に寄せて、ファスナーを開いた。
あれ? 昨夜の残りって分かってるってことは、桐人、弁当も自分で作ってきてんの?
すごくね? 高校生男子ってそういうもんじゃない気が…。
いや、オレがポンコツすぎんのかな。
母子家庭と父子家庭の差か。それとも単なるオレと桐人の性格の差か。
体格に見合った大きさの弁当箱を、ちょっとドキドキしながら開けた。手作りの弁当なんていつぶりだろう。
一緒に昼食を取っていても、他人 の弁当箱を覗くのはなんとなく憚 かられて、ちゃんと見た事はなかった。
あ、すごい。
主菜副菜がバランス良く入ってるし、茶色くなりがちな弁当にインゲンの緑と人参の赤、玉子焼きの黄色が映えている。
見た目、すごい美味そう。
「いただきます」
しっかり手を合わせてから箸を付けた。
「すげー美味そー。いいなー、森下」
友人達が覗いてくる。オレに対してオレの友達は遠慮がない。
「…めっちゃ美味い…」
料理は結構好きだって言ってた。
それにしたって美味いな。
「なあ、知希。ちょっとちょうだい」
向かいで弁当を食べている邦貴が言う。
「だめー。オレがもらったのー」
弁当箱を腕で囲い込みながら言ってやる。
「じゃあほら、このウインナーと玉子焼き、交換して」
「やだ。つーかヒトが箸で摘んだのはやなんだよー」
うちの母親は、虫歯予防ということでオレと箸の共用は絶対しない。大皿から直箸もしないし、そこは徹底している。だからオレは他人が自分の箸で摘んだものは食べられない。
「あー、そうだった。お前、禁止事項多いな、マジで。ペットボトルの回し飲みもダメだし」
苦笑する邦貴に、
「しょーがないじゃん。そういう風に育ってんだからさ」
と言うと、
「はいはい」
と許してくれた。心の広い友人に感謝する。
ちょっと多いかな、と思っていたのに、味付けが好みだったのでペロリと食べられてしまった。
「ごちそうさまでした」
空になった弁当箱に手を合わせ、頭を下げる。
「お粗末さまでした」
頭上から声が降ってきてびっくりした。
「わ、桐人、早かったね。てかほんと、マジでありがとう! すっげ美味かった。感動した」
見上げながら言うと、桐人が一瞬驚いたように目を見張り、その後嬉しそうに笑った。
「そんなに喜んでもらえると俺的にも嬉しいかな」
そう言いながら、オレの前の弁当箱を片付け始める。
「あ、弁当箱どうしよ。洗う?」
「いいよ、このままで」
手早くバッグの中に仕舞ってしまい、オレには手出しできない。
「森下さ、黒田から遠野の弁当マジでガードしてておかしかったぜ? 腕で囲って『だめー』っつってさ」
友人が笑いながら言う。
「へぇ」
桐人にちらりと流し見られて、頬が熱くなった。
「いや、だ、だって、美味かったからっ」
食い意地がはってる、と言われたみたいで恥ずかしい。まあ実際そうなんだけど。
昼休み終了の予鈴が鳴った。
弁当箱の入った黒いバッグを持って、桐人が席に戻っていく。
やっぱちょっと量多かったなー。腹が苦しい。眠くなりそう。
てか眠い。
さっき、もし邦貴がウインナーを箸で摘んでなかったら、オレは桐人の玉子焼きと交換してたのかな。
…しなかった気がする…
なんでかは分かんないけど、なんかやだ
でもなんでだろ
自分の気持ちなのに分からない。分からなくて、同じところをぐるぐるしてる。
最近ずっとこんな感じな気がする。
でもそれは、桐人のこと限定だ。他は別に変わってないと思う。
出会いが特殊だったからか、オレの中で桐人は他の友達とは違う。
お兄ちゃんになりかけた人だからか、なんとなく甘えたくなる。
同い年なのに甘えるってどうなの、って自分でも思うけど。
購買で助けてくれたり、さっきは弁当くれたり、そういう事してくれるから余計にそう思ってしまう。
桐人の方もオレを弟みたいに思ってるのかもしれない。だってなんか普通の友達より優しい気がする。それとも桐人は誰にでもこんなに優しいのかな。
そんな事を考えてるうちに、いつの間にか先生が来て授業が始まっていた。
少し前に席替えがあって、オレの席は前から3列目になってた。桐人は斜め後ろ、邦貴は一番後ろの席でちょっと羨ましい。
最近、午後の授業がやばい。昼休みに桐人と話したりすると、その後もずっと考えてしまって上の空になる。
ただでさえ成績やばいのに。
そう思いながら黒板を見ると、板書がずいぶん進んでしまっていた。慌てて書き写しながら、ついチラリと桐人の方を見た。
あ
目が合っちゃったよ
同時に、どくんと鳴った心臓。
桐人が僅かに微笑んだ。
パキッとシャーペンの芯が折れた。
先生の声が耳に入ってこない。
慌てて目を逸らした。
相変わらず心臓が跳ねている。
なんで…?
やっぱり自分が解らない。
唇をぎゅっと噛んで黒板を見た。
深呼吸をしながら、再びノートを書き始めるけれど、正直何を書いているのかはよく分からなかった。
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