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 この前俺の事を「お兄ちゃんぽいね」と言った知希は、自分こそ俺と2人だと弟のように甘えてくる。実際弟がいた事はないけれど、幼い妹はいつも俺に付いて回って甘えていたし、大きな違いはないんじゃないかと思う。  今も、ごくたまに会う妹は話を聞けだの写真を見ろだの言って甘えてくる。甘えられるのは悪い気はしない。妹はまあ妹だから、話ぐらいいくらでも聞いてやる。  ただ、知希が甘えてくるのは自分が勘違いしそうで怖い。怖いけれど甘える知希を見たい。  だから俺も甘やかすような言動をしてしまう。その自覚はある。  どこまでが友人としてのボーダーラインなのか、たまに判らなくなってくる。でもそれを知希が拒否しないから、まあいいかと思って続けている。  ただし学食での振る舞いには、別の思惑も実はある。 「遠野、お前さ」  知希がトイレに立った隙に、黒田がぐっと寄ってきて低い声で言った。 「自分が割と見られてるって自覚、あるよな?」 「何の話?」    知希がいる時とは全然違う顔をした黒田が、俺を睨んでくる。 「学食でお前ら2人がイチャイチャしてるって女子の間で噂になってんの、知らねぇとは言わせねぇぞ」 「さあ? 俺は知らねぇよ」  黒田を睨み返しながら言ってやる。 「知希はそういう話疎いから気付いてねぇと思うけどさ、遠野はどういうつもりでそういう事してるわけ?」 「別に、ただ飯食ってるだけだし、女子の妄想にまで文句付ける気はねぇよ」  本当は、もちろん噂には気付いている。元々知希と黒田が2人でいるのを楽しんでた連中が、「カップリングが変わってる」とか言って騒いでいるのを煽ってやろうと思っていた。  彼女たちの妄想の中で知希の相手が黒田なのが嫌だった。心が狭いと思うけれど嫌なものは嫌だ。さっき黒田に言った台詞と、本音は正反対だ。  一度目に学食に行った時はそこまで考えていなかった。というかそんな事考える余裕なんかなかった。でも、その後チラホラと噂が耳に入ってきて、二度目以降は意識して振る舞っている。  黒田がさらに何か言いかけた時、知希が戻ってきた。黒田はもう一度俺を睨んで、嘘みたいににこやかな顔で知希の方を見た。  恋をしている人間は、多分周りから見たら滑稽だ。  相手に気付いてほしくて投げる視線、気付かれてはいけないから伏せる視線。顔色を見ながら距離を詰めたり離れたり、どこまでなら手を伸ばしていいのか、ビクビクしながら様子を窺っている。  最近の知希は、手に入るような気になる時がある。肩を組んでも嫌がらない時、学食で「それちょうだい」とねだってくる時、皆でいる時に、気付けばすぐ近くに来ている時。  それはすごく幸せで、同時にとても怖い。  ここまで平気ならもう一歩踏み込んでもいいだろうと行ってみて、それはアウト、と言われそうな気がする。  そもそも知希の恋人のポジションに自分が入れるなんて思えない。俺はあくまで『お兄ちゃん』だろうと思う。  それなら、甘いお兄ちゃんでいようと思った。寄りかかって頼りたくなる兄。普通の友人より近い距離で甘えたくなる相手。  結局は忍耐力を鍛えろってところに行き着くんだよなぁ。  斜め前の席の、小柄な背中をじっと見た。肩を組むだけじゃなくて、もっとあの身体に触れてみたい。でもそれは『お兄ちゃん』の範疇じゃない。欲張りすぎると全てを失う。  俺はそんな馬鹿な事はしない、と思うものの正直自信はこれっぽっちもなかった。

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