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第1話
ピピピピ…
ピピピピ…
「う…ん…」
毎日同じアラームの音で、同じ時刻に起こされる。
今日はまだ火曜日で、次の休みまであと三日もあると気付いた時点でため息が零れた。
「はあ…」
うだうだしていても仕方がないので、さっさとベッドから起きだして、出勤の準備をする。
シャワーを浴びて、軽い朝食を食べて、昨日のうちにアイロンを掛けておいたワイシャツに袖を通し、いつもと同じ安物のスーツを着込んだ。
さて、ここで問題です。
俺の職業は何でしょう?
とりあえず、サラリーマンではありません。
(…………)
俺の脳内で勝手に『問題』と言ってるだけだから、さっさと種明かしをしよう。
榛名暁哉(はるなあきちか)28歳。
とある県立高校の、国語教師をやっている。
*
「榛名先生、おはようございます」
背後から、女性なら一発で腰砕けになってしまいそうな低くて甘やかな声で挨拶をされた。
その声が一体誰のものなのか、振り向かなくても分かるのはきっと自分だけじゃない。
「…おはようございます、霧咲先生」
ほら、間違う筈がない。
振り向いて挨拶を返せば、芸能人並に整った顔をした同僚、数学担当の霧咲誠人先生がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
…一つ訂正するとすれば、その甘い声は女性じゃなくても腰砕けになってしまいそうなことだ。
この高校で、男でそうなってしまいそうなのは自分だけかもしれないけど。
もちろん、朝から腰を砕けさせるわけにはいかないから必死で耐える。
「あれ、ネクタイが少し曲がってますよ?」
「えっ!?」
霧咲先生が距離を詰めてきて、その綺麗な指先が俺の胸の辺りに伸びる。
少し見上げたら息が掛かりそうなくらいの距離に、恥ずかしくて顔が上げられない。
「今朝は、少し慌てていたんですか?」
「はい?」
「いえ、少し寝癖も付いていらっしゃるから…」
「あっ…!」
言われて、思わず赤面してしまった。
なんてみっともないんだろう!!
霧咲先生はいつも一部の隙もないオールバックのヘアスタイルに、アルマーニのスーツでびしっとキメているというのに。
俺はまだ火曜日なのが面倒くさくて、今朝は身だしなみを適当にしていたのかもしれない。
凄く恥ずかしい…。
「…榛名先生は今まで1年生の担任ばかりでしたから、いきなり今年から3年生を任されてプレッシャーが凄いでしょう。俺でよかったら何でも相談に乗りますから、気軽に声をかけてください」
「は、はい!ありがとうございます…!」
「では、また」
ドキン、ドキン、ドキン…
信じられないほど格好良くて、その上男に対してもとびきり優しいなんて反則だ。
腰は砕けなくても、心臓は鷲掴みにされていた。
それはこの学校に赴任してきて、初めて霧咲先生を見て以来、毎日なのだけれど…。
今までは職員室で遠くから見つめているだけだったのに、今年からは違う。
同じ学年で、隣のクラスを担当しているというとても近い同僚なのだ。
(……本当に、まだ夢を見ているみたいだ)
霧咲先生に言われた、寝癖が付いていると思われる部分に手櫛を入れながら、俺は心臓の鼓動を落ち着かせる努力をした。
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