2 / 31

第2話

自分の机に行くと、隣の富永先生に挨拶をされた。 「榛名先生、おはようございますー!さっき、見ちゃいましたっ」 「え?あはは…お恥ずかしいです」 富永先生は3年生の英語担当の、女の先生だ。 美人で気さくな性格なので生徒に人気があり、初めて3年生を受け持つ俺のことを何かと気にかけてくれて優しい。 「朝から眼福でした!霧咲先生、今日も素敵でしたね~っ!」 「あ…はい、とても…」 富永先生は結婚していて子供もいるから、霧咲先生に対するそれは単なるミーハー精神なのだというのは分かっている。 けど少し羨ましいと思うのは、こうやって堂々と本音をさらけ出せるところだ。 俺が同じことをしたら、若干…いや、多いにドン引かれることだろう。 分かってる。 男の癖に、男が好きだという嗜好がおかしい、ということは。 その上この職業だ。 同僚に、生徒に、生徒の親にバレたりでもしたら… 「ところで榛名先生、寝癖直ってませんよ?スプレー貸してあげましょうか」 「えっ!?…じゅ、授業の前にトイレで直していきます…!水で大丈夫ですっ」 親切な富永先生に愛想笑いを返して、ぐしゃぐしゃっとまた頭に手櫛を入れた。 なんだか霧咲先生と比べられているみたいで恥ずかしい。 俺が勝手にそう思うだけで、富永先生にそんなつもりは無いのは頭では分かっているんだけど。 霧咲先生を見て『眼福』だなんて、男の俺でもそう思うんだから。 職員の朝礼会議を終えて、自分の受け持つクラスへと向かった。 頑固な寝癖は、結局水では直らなかった。 * 「おはようございます、出欠を取ります」 この学校に赴任して、早3年が経つ。 それまでは中学校で教えていたから、高校に赴任が決まった時は数年でこんなに違うものなのか、と子供の成長ぶりに驚かされた。 自分もこの間までは高校生だった気がするのに、ずっと幼い中学生を見ていたからなのか余計にギャップを感じる。 高校1年生でもそう思ったのに、3年生なんて殆ど大人と変わらない。 見た目も、思考も、やっていることも。 そう思っていたら、ふとしたことでまだまだ子供だな、と思わせられるのだけど。 ここはなかなか偏差値の高い学校だから、あまり素行不良の生徒は見かけないけど、いるにはいる。 見て見ぬふりはしないけど、厳しく注意したりはできないから、そういうのは体育の先生に任せたりしているけど…。 そのせいか、このクラスを受け持って2週間で既に一部の生徒からは嘗められている気がする。 まあ、今の3年生が1年生のときに国語を教えていたから、(クラスも受け持っていたし)そのせいなのかもしれないけど。 「榛名先生、寝癖付いてますよぉ~」 「カッワイイ~」 「あ、なんか直らなくてね…」 早速目敏い女生徒達から指摘された。 やっぱり富永先生にスプレーを借りるべきだったのかもしれないけど、もう遅い。 「榛名先生、ほんとに今日も可愛いっすねー、俺らを教えていた時と全然変わってね~し」 「…君もね、堂島君。3年生になってちょっとは大人になったのかと思ったら…」 「え、イケメンになったって!?ありがと先生!」 「そんなことは一言も言ってない…」 「堂島、うるさいぞ。…榛名先生、出席確認を続けてください」 「有難う、二宮くん」 「ちぇっ」 クラス委員の二宮君が、俺に代わって堂島君に注意をしてくれる。 学年で一番の成績優秀者と、学年一の問題児が同じクラスで、しかもそのクラスを3年生を初めて受け持つ俺が担任なんて、なかなか面白い采配をしてくれたものだと思う。 勿論、面白いというのは皮肉だけど。

ともだちにシェアしよう!