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第2話
自分の机に行くと、隣の富永先生に挨拶をされた。
「榛名先生、おはようございますー!さっき、見ちゃいましたっ」
「え?あはは…お恥ずかしいです」
富永先生は3年生の英語担当の、女の先生だ。
美人で気さくな性格なので生徒に人気があり、初めて3年生を受け持つ俺のことを何かと気にかけてくれて優しい。
「朝から眼福でした!霧咲先生、今日も素敵でしたね~っ!」
「あ…はい、とても…」
富永先生は結婚していて子供もいるから、霧咲先生に対するそれは単なるミーハー精神なのだというのは分かっている。
けど少し羨ましいと思うのは、こうやって堂々と本音をさらけ出せるところだ。
俺が同じことをしたら、若干…いや、多いにドン引かれることだろう。
分かってる。
男の癖に、男が好きだという嗜好がおかしい、ということは。
その上この職業だ。
同僚に、生徒に、生徒の親にバレたりでもしたら…
「ところで榛名先生、寝癖直ってませんよ?スプレー貸してあげましょうか」
「えっ!?…じゅ、授業の前にトイレで直していきます…!水で大丈夫ですっ」
親切な富永先生に愛想笑いを返して、ぐしゃぐしゃっとまた頭に手櫛を入れた。
なんだか霧咲先生と比べられているみたいで恥ずかしい。
俺が勝手にそう思うだけで、富永先生にそんなつもりは無いのは頭では分かっているんだけど。
霧咲先生を見て『眼福』だなんて、男の俺でもそう思うんだから。
職員の朝礼会議を終えて、自分の受け持つクラスへと向かった。
頑固な寝癖は、結局水では直らなかった。
*
「おはようございます、出欠を取ります」
この学校に赴任して、早3年が経つ。
それまでは中学校で教えていたから、高校に赴任が決まった時は数年でこんなに違うものなのか、と子供の成長ぶりに驚かされた。
自分もこの間までは高校生だった気がするのに、ずっと幼い中学生を見ていたからなのか余計にギャップを感じる。
高校1年生でもそう思ったのに、3年生なんて殆ど大人と変わらない。
見た目も、思考も、やっていることも。
そう思っていたら、ふとしたことでまだまだ子供だな、と思わせられるのだけど。
ここはなかなか偏差値の高い学校だから、あまり素行不良の生徒は見かけないけど、いるにはいる。
見て見ぬふりはしないけど、厳しく注意したりはできないから、そういうのは体育の先生に任せたりしているけど…。
そのせいか、このクラスを受け持って2週間で既に一部の生徒からは嘗められている気がする。
まあ、今の3年生が1年生のときに国語を教えていたから、(クラスも受け持っていたし)そのせいなのかもしれないけど。
「榛名先生、寝癖付いてますよぉ~」
「カッワイイ~」
「あ、なんか直らなくてね…」
早速目敏い女生徒達から指摘された。
やっぱり富永先生にスプレーを借りるべきだったのかもしれないけど、もう遅い。
「榛名先生、ほんとに今日も可愛いっすねー、俺らを教えていた時と全然変わってね~し」
「…君もね、堂島君。3年生になってちょっとは大人になったのかと思ったら…」
「え、イケメンになったって!?ありがと先生!」
「そんなことは一言も言ってない…」
「堂島、うるさいぞ。…榛名先生、出席確認を続けてください」
「有難う、二宮くん」
「ちぇっ」
クラス委員の二宮君が、俺に代わって堂島君に注意をしてくれる。
学年で一番の成績優秀者と、学年一の問題児が同じクラスで、しかもそのクラスを3年生を初めて受け持つ俺が担任なんて、なかなか面白い采配をしてくれたものだと思う。
勿論、面白いというのは皮肉だけど。
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