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第3話

今は4月の初めだから、3年生と言ってもそこまで受験一色!という雰囲気はまだ無い。 けどこれからだんだんとそういう雰囲気になっていくんだろうな、と想像すると、それだけで胃が痛くなるような気がする。 クラスの子が留年したらどうしよう、とか。 希望の大学に受からなかったのは担任が頼りないせいだ、と親御さんに文句を言われたらどうしよう…とか。 自分が高校生の頃、教育学科に進もうと考えてはいたけど、先生達がこんなに色々考えてくれていたことなんて知らなかった。 そもそも、担任にそんなに親身になって貰った覚えはない。 それはきっと、自分が手のかからない地味な生徒だったからだと思う。 「それでは、授業を始めます…」 今朝霧咲先生が俺に言った、プレッシャーというものは日々、感じている。 だから朝が来るたびに憂鬱だし、早く一日が終わらないかな、と思ってしまう。 そういう考えから逃れられる瞬間は、霧咲先生に話しかけられた時だけ。 『榛名先生……』 あの低くて甘い声で囁かれると身体の芯からゾクゾクして、まるで自分が口説かれているような錯覚すら覚える。 都合の良すぎる妄想だとは分かっているけど…。 勝手に妄想するくらいは、許して欲しい。 叶う筈のない、行き場のない恋だってことは最初から分かっているから。 * 昼休み。 今日はコンビニでおにぎりを買ってきたから、職員室で昼食を食べようとした。 そしたら。 「霧咲先生いますか~?」 「あ、いた!」 「先生~!あたし達お弁当作ってきたんです!食べてくださーい」 進学校の三年生とは思えない派手な子たちが、ドア付近で霧咲先生を呼んで騒いでいた。 まあ、全員それなりに成績はいいから、進学校の三年に見えないっていうのは単なる俺の偏見に過ぎないんだけど。 「お前たち…朝からそんなもの作ってる暇があったら勉強しなさい。受験生の癖に呑気だな…」 うんうん、その通り。 「花嫁修業ですよー!女子なんだから勉強だけ出来てもダメじゃないですかー」 成績がいいって前提でそういうことをしてくるなんて、なかなか小賢しいな。 いや、ただの嫉妬だけど…。 「そんなもん大学に受かってから修行しなさい。自分が持ってきた弁当もあるのに、更に二つも食えると思うのか?男子高校生じゃあるまいし」 ドキッ 「えー霧咲先生、自分で作ってるんですかぁ!?」 「…そんなわけないだろう」 「先生まだ独身でしたよね?もしかして恋人ですか!?うわ、ショックー…」 「うそぉー…」 そして、二名の女子生徒は持ってきた弁当を手に持ったまま、哀愁を漂わせて大人しく帰って行った。 (霧咲先生、お弁当を作ってくれるような恋人がいるんだ…) 哀愁を漂わせていたのは、俺も同じだったかもしれない。 ふと食べたくなって買った明太子のおにぎりは、全然味がしなかった。

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