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第31話
「………」
「………」
霧咲先生は、黙っている。
俺もそれ以上は何も言えなくて、同じように黙りこくった。
やっぱり霧咲先生が俺のことを好きだなんて、俺の勘違いだったのかな…。
俯いたまま、下唇をぎゅっと噛んだ。
でも…それでもいい。
ちゃんと、自分の正直な気持ちを伝えることができたんだから。
今度は夢と勘違いしたんじゃなくて、ちゃんと現実と向き合えた。
だから本当に学校を辞めることになったとしても、もう悔いはない。
いや、まったくないって言ったら嘘になるけど。
俺が赴任した時はまだ可愛い1年生だった生徒たちが卒業するのを、見届けてあげたかったなぁ…。
すると、ぽつりと霧咲先生が言った。
「…貴方はずるいです、榛名先生…」
「え?」
予想外の言葉に、顔を上げた。
すると霧咲先生は、何故か少しバツが悪そうな顔をしていた。
(俺が、ずるい…?)
「今度は俺の方から告白するつもりだったんです。なのにまた先に言われてしまうなんて…。自分がすごくカッコ悪く思えるじゃないですか」
(え……)
「霧咲先生は、カッコいいですよ?」
霧咲先生の言ってることの意味が分からなくて、つい脊髄反射で返してしまった。
そしたら、霧咲先生は困った顔のままプッと噴きだして。
「ははっ…ありがとうございます、すごく嬉しいです。榛名先生にそう言って頂けると、この顔に生まれて本当に良かったなぁと思いますよ」
「え、そんな!俺以外の先生もみんな霧咲先生のことはカッコいいって思ってますよ?」
自分がどれだけモテるのか、知らないはずはないんだけど。
いや、一定以上モテすぎると感覚が麻痺するのかな…?
「たとえそうだとしても、そういうことじゃないんですよ…」
「?」
すると霧咲先生は、首をかしげた俺をふわりと抱きしめた。
「っ!霧咲せ…っ?」
お風呂上りなのか、せっけんの匂いのするたくましい身体に抱きしめられて、思わず心臓が跳ねる。
さっき自分からキスした時は、テンパってたのか平気だったのに。
「榛名先生が俺のことをカッコイイと言ってくれるだけで、俺は満足なんですよ」
「………」
「…好きです、榛名先生。初めて会った時から俺も貴方のことが好きでした。いつも一生懸命で可愛くて、ちゃんと生徒の一人ひとりをしっかり見てあげてる、榛名先生のことが」
「………!」
俺は、霧咲先生を見上げた。
そんな風に俺を見ていてくれたなんて…。
霧咲先生はとても優しい穏やかな顔で、俺を見つめていた。
その頬はほんのりと赤くて、俺も感化されたのか真っ赤になった。
「改めて、俺とお付き合いしてくれますか?…大事な処女も貰いましたし、前に言った通りに、すごく大事にしますから」
うあぁ!そういえば俺童貞告白したんだった!
でも、処女って…そういうことになるのかな…。
改めて言われると凄く恥ずかしいんだけど、なんだかすごく嬉しい気がする。
男の処女が大事っていうのは、なんだかよく分からないけど。
そして俺は童貞のままだけど、初めてセックスした相手が霧咲先生で良かったなぁって…。
「…こちらこそ、よろしくお願いします…!」
俺も霧咲先生の背中に手を回して、ぎゅうっと抱きついた。
そして、そのままなし崩しに寝室へと連れて行かれ……明日はまだ火曜日だけど、もう今週はどうなっちゃってもいいや、なんて。
だって、今かなり幸せだから。
あ!でも先にシャワーは浴びたいです!
霧咲先生!!
*
榛名暁哉28歳、国語教師。
自分が受け持つ生徒たちより一足早く、春が訪れました。
ゆめみるせんせい。【終】
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