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 アスランは耐えられないというように立ち上がると、テーブルを激しく両手で叩いた。 「……何てことだ」  ダナ・ブレナンが殺されたと聞いてから、もういてもたってもいられなかった。  アスランは乱暴に頭を振ると、天井を見上げ、辛そうに目を瞑る。  ――やはり、彼女に会うべきだった。  瞑ったまま、首をがくりと下げる。 「会うべきだったんだ……恐れずに……」  何故嘘の目撃情報を証言するのかと。それをしなかったのは、彼が反対したからだ。これは罠だと。  ――たとえ罠でも会うべきだった……  彼女に会えば、必ずブレナン神父の話になるだろう。自分が神父を撃った捜査官だとわかっていたはずだ。  ――銃を撃たなかった神父を射殺した人殺しだと。  アスランは胸に手を押し当てた。いまだにそのことを思い出すと、動悸がおかしくなる。息が切れて、呼吸困難のように苦しい。  体を支えるように、テーブルに両手をつく。  ――ブレナン神父はもっと苦しかっただろう……  激しい深呼吸を繰り返しながら、アスランは思わずにはいられない。なぜ、あのような結末を選んだのか。それは永遠にわからない。  アスランは肩で大きく息を吐いた。テーブルについた手を離して、姿勢を戻す。ようやく落ち着いてきた。  ――彼がいなくて良かった。  この発作らしき症状が出ると、いつも心配して自分をしっかりと抱きしめる。自分を匿っていたことが知られたら大変な立場になるのに、全く気にもかけていない。  それに甘えていたと、アスランは悔やんだ。   ――行動を起こさなくてはいけない。  殺人事件の容疑者にされて、表立った行動が制限されてしまった。だがもしかして、それが目的なのかもしれないと考えた。自分を()めようとしている相手は。  ――あの男へ会いに行こう。  アスランは決心したように頷くと、寝室にあるチェストの引き出しから車のキーを取り出した。ずっと考えていたことだった。真っ先にそうするべきだったと後悔するが、彼に反対されていた。  だが、その彼は今ここにいない。  アスランはキーを握りしめると、彼の顔が浮かんで、少しだけ罪悪感が湧いた。これから自分はどうなるかわからないが、彼に何か一言でも伝えておきたかった。しかし自分との繋がりが知られたら、間違いなく窮地に陥ってしまうだろう。    仕方なさそうに気持ちを振り払って、家の外へ出た。用心深くガレージへ向かい、素早く運転席へ乗り込んで、車のキーを回し、エンジンをかける。  彼が、以前に口にした言葉が頭をよぎった。  復讐。  それを聞いた時、アスランはどうしようもないというように冷笑した。  その通りだ。  自分はこの町へ復讐しに来たんだ。  アクセルをゆっくりと踏み込むと、白い車は静かにガレージを出て行った。  ダラス支局から銃弾の鑑定結果が届き、保安官事務所に全員が集まった。 「ダナ・ブレナン殺害に使用された銃弾は、トビー・ギブン殺害の物と一致した。この結果から、同じ銃が使われ、二人を殺したのは同一犯だと確定した」  ジェレミーはファイルを手に、一同に説明する。 「彼女の検視報告も届いた。死亡推定時刻は、午後十時から翌日午前三時の間。体内にはアルコールがまだ残っていた。現場には飲みかけのグラスがあり、彼女を最期に見た客の話では、その時はアルコールを飲んではいなかった。このことから、おおよその死亡時刻は、チェックアウトした時間午後十一時過ぎから、午前十二時を回ったあたりと考えられる。また現場のドアは施錠されておらず、最後の客を送り出して鍵をかける前に殺害されたか、鍵を開けて犯人を招き入れたのかどちらかだ。抵抗の痕がないので、招き入れた可能性が高い。犯人は明らかに顔見知りだ」  その場の空気が、信じられないというように凍りついた。 「顔見知り」  レイフが歯の隙間から、唸るような声を出した。 「どんな顔見知り野郎が、ダナを殺さなきゃならなかったんだ」 「おそらく、最初のトビー・ギブン殺害に彼女も加担していたからだ」  ジェレミーは明確に指摘してゆく。 「彼女には、トビー・ギブンを殺害する動機があった。犯人はそれを知っている。だが、我々が新たに捜査をやり直すことで、彼女の口から犯行が洩れることを恐れた犯人は、彼女を殺した」  カートが溜息をついた。やるせなさそうに俯くと頭を振る。 「犯行に使われた銃はまだ見つかっていない。それを捜し出すことが最優先だ。それと、目撃者を見つけること」 「今のところ、どちらも進展していません」  壁に寄りかかって立っているロイドが、事務的に答える。 「二人は即死している。犯人は銃の扱いに手馴れているプロだ」  ジェレミーは一同を見渡す。 「そして、ダナを殺害した経緯から、我々の捜査状況を知り得る立場にいたと推察できる」  その言葉の意味するところがわかると、周囲の空気が一変した。 「――つまり」  顔色を変える部下たちを制して、ソファーに座っていたレイフが大きく立ちあがる。 「犯人は俺たちの中にいるって言いたいのか?」 「その可能性が非常に高い」  ジェレミーは自分を睨んでくるいくつもの視線に、怯む様子は全くなかった。 「我々の捜査上に、あなた方保安官たちが浮上した。そのため、二人が殺害された時間帯の行動状況を全員から聞きたい。今すぐだ」 「断ったら?」 「その権利はない」  ジェレミーは容赦がなかった。  レイフは腰に手をやり、不愉快げに口を引き結ぶと、ジェレミーを射るような目で睨みつける。その背後にいるロイドやカート、他の部下たちも、この場の状況に息をひそめている。 「――わかった」  やがて、レイフは承諾した。 「俺たちは保安官だ。疑われているのなら、それを晴らすのが義務だ」 「協力に感謝する」  少し離れて壁に寄りかかっていたトラヴィスは、一切口を出さずに見守っていた。保安官たちを取り調べることは、昨夜二人で話し合った結果だ。だが素直に従ってくれるかが問題だった。特にレイフだ。 「お前は口を出さない方がいい」  ジェレミーは面白くなさそうなトラヴィスに、苦笑いしながら言った。 「ウォーレン保安官はお前が相手だと、ひどく感情的になる。余計にややこしくなりそうだ」 「俺があいつに何をしたって言うんだ? ただハローと挨拶をして、友好的に捜査をしただけだぞ。あいつを馬鹿とも阿呆とも言ってないぞ、まだな」  トラヴィスはここぞとばかりに悪態をつきまくる。 「お前とウォーレン保安官は、よほど相性が合わないのだろう」  ジェレミーはまだ笑っている。 「私と最初に出会った時のことを思い出す、トラヴィス」 「それじゃ、あとであいつとキスをする仲になるってことか?」   トラヴィスはその情景を想像したのか、心底気持ち悪そうな顔をする。 「友情は、キス抜きで深めるんだな」  ジェレミーはクールに助言した。  そんなやり取りを思い出しながら、トラヴィスは壁から身を起こした。執務室にジェレミーとレイフが入ってゆく。自分はレイフ以外の事情聴取に立ち会う予定だ。終わるまで他の保安官たちの様子を観察しようと思ったが、上着に入れてある携帯電話が振動した。取り出して、電話番号を見る。知らないナンバーだ。 「ハロー、トラヴィスだ」  耳に当てながら、事務所の外へ出た。 『……トラヴィス・ヴェレッタか?』  相手は知らない男の声だった。

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