2 / 16

第1話 いにしえの天使 其の一

 「よう! 特待生」    鼻を突き、目を乾かせる薬品の臭いのする廊下で、佐々木(ささき)優也(ゆうや)は前を歩く青年に声をかけた。えっ、とした顔をして振り返る青年の顔はかなり驚いている。どうやら物思いに耽っているときに声をかけてしまったらしい。   「……やめてくださいよ、そういう風に呼ぶの」    青年は小さくため息をついた。  咎めてはいるが、心ここにあらずで覇気がない。いつもならば、うるさいくらい言い返してくるというのに。   「さては、()てられたな。『天使』に」    優也の言葉に、こくりと、青年がうなずく。  名前を(さざなみ) 神璃(しんり)といった。  色素の薄い明るいめの栗色の髪に、海の底のような透明感のある群青の瞳を持つ青年の特徴を、一度見た者は決して忘れないだろう。この国には決して多いとは言えない特徴だ。それだけではなく神璃には、人を惹きつけてしまう何かがあった。それは性格であったり人柄であったりと様々だが、忘れられない何かが心の琴線を揺さぶる、といった感じだろうか。  そんな神璃のぼんやりとした様子に、優也は小さくため息をつく。   「ま、見慣れはしないだろうな。なんせここの看板だ」    優也の視線の先にあるのは、目に痛いくらいに白い、とても大きなドアだった。かなり特殊なセキュリティが働いていて、ごくわずかな人間しか入ることを許されていない。  この扉の向こうに、天使がいる。  ここ、B・Ⅿ生物科学研究所は国が設立した国の施設であり、国中の生物学者、科学者を集めて、生物の謎や人間を含めた自然界に起こる現象を研究し、自然現象のあいだにある関係、原因などを調べ、その法則を求めるのが()()()()()()だ。  その付属大学の肩書きを持つ架凛は、4回生になると研究学科へ進むかどうかの選択を迫られる。研究学科の場合は面接があり、1クラス人数の30名のみが合格という狭き門だ。そうして受かったと思いきや、見習い研究員としての面接があり、更には試験と続き、実際に高校で研究学科を学びながら、研究所を行き来できるようになる学生は10人も満たない。  神璃は成績や人柄や内申、そして彼が持つ()()()()()()()()()()()()()()()()、書類審査だけで合格となり「特待生」という地位を獲得した。この研究所に入ることは小さい頃からの夢であったのだという。    ──自分の夢を、『天使に会う』夢を実現させるために生きてきました。    神璃はある日そう言った。  何の話題でそうなったのかは思い出せないが、優也は後輩である彼の言葉が妙に気になった。

ともだちにシェアしよう!