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第5話 いにしえの天使 其の五
幹部へ報告書を渡し、自分の持ち場へ帰ろうとしている神璃 の心は、煮え切らない怒りようなものがこみ上げていた。顔にこそ表れていないが、無意味に大声上げたくなる。
報告書を受け取った幹部は、神璃の報告書を全て否定した。そして下げようとした報告書をなかば奪われる形で提出したのだ。理不尽な怒りだけが身の内に溜まって消化されず、やがて腐っていくのだ。夢と現実のギャップは、頭の中で分かっているのと実際そういう目に遭うのとでは精神的負担が全くもって違う。何日か後にふと思い出し、また腹立だしく思うことだろう。
「よう! 神璃」
呼びかけられたという事に彼が気付いたのは、本人が通り過ぎて数秒経った後のことだった。はっ、と気付いて振り返ると、そこには、やれやれと頭を掻いている友人の姿があった。
「ああ、よかった。無視されるかと思った」
「──ごめん」
「お前がこんな風になるのって、ひとつのことに夢中になっている時か、嫌なことがあった時か、なんだけどね」
「かなわないなぁ」
小気味よく神璃が笑う。
彼、真矢 樹把 とは小学校からの親友だ。
親よりも一緒にいる時間が長いかもしれないと神璃は思っているのだが、親友ってそんなものだろうと言い切ってしまうような、そんな歯切れの良い青年だった。樹把は神璃が受けるならと、合格率の低い見習い研究員の試験受け、見事に合格している。
「気晴らしに海でも行こうと思って誘いに研究室に行ったんだけど、佐々木教授が報告書を提出しに行ったって言ってたからさ。──原因はやっぱり幹部か」
「──まあね」
「だったらなおさらだ。内に溜めていたら病気になるぞ。海へ行こう」
「ああ。断る理由なんてないよ」
B・Ⅿ生物科学研究所は、低い山々に囲まれた窪地のような場所に建てられていて、高台になっている。研究所の外に出ると山道になっていて高台を降りると賑やかな街並みが広がり、その向こうに海がある。高台からも綺麗な海が見えて、潮風と山風が合わさり不思議な感覚がするのだ。
「出かける前に優也さ……佐々木教授に声をかけてくるよ」
「ああ、じゃあ外で待ってるよ」
じゃあ後でと樹把と別れて、神璃は特殊セキュリティの前に立ち、ロックが開くのを待つ。網膜識別式のドアロックもクリアして中に入ると、優也が天使の前で眠っている姿があった。
優也さん、と声をかけると、半分寝ぼけたような返事が返ってきた。
「──ん、ああ、おかえり神璃。報告は終わったのか?」
「はい。提出してきました。それと今から樹把と海へ行こうかと思うんですけど、架稜良 ちゃんも一緒にどうかと思って」
「ああ、是非連れて行ってやってほしい。最近研究所内ばかりだったから、つまらなさそうにしていたんだ」
「はい。夕方までには戻ります」
神璃はふと天使へと視線を移した。
そして行ってきます、と告げて部屋を後にする。
──天使が短長に放った光を見たのは、優也 だけだ。
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