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第6話 人体保存装置 其の一

「うわぁい! 神璃(しんり)お兄ちゃん、樹把(たつは)、早く早くぅ!」    砂浜を駆け回り、波を追いかけっこをしている架稜良(かろうら)を、神璃と樹把は微笑ましげに見ていた。十歳の無邪気な子供特有の笑顔は太陽のように明るい。見る者を優しく元気にしてくれる。   「あんまり向こうに行くと危ないよ」    はぁい、という明るい声が返ってきた。  街の郊外にあるこの砂浜は、すこし離れると途中から除々に崖になり、海の底が深くなっている。崖の上には道路も通っているが、海のシーズンになると、スピードの出しすぎたバイクや車が、コーナーを回りきれずに真っ逆さまに崖から投げ落とされ、命を落とすという名所にまでなってしまっていた。  じりじりと砂浜を焼く太陽は少し西に傾き始めている。辺りを見回せば、海水浴を楽しむ家族連れや、波を待つサーファーの姿があった。  夏、真っ盛りである。  薄く雲のかかった青白い空に、白い雲がぽっかりと浮いていた。   「──幹部と何があったって?」    樹把が話を切り出す。  神璃は小さくため息をついた。   「……僕が今担当している天使がいるだろ? 名前、祐亮っていうんだ。いつもの様にデータを記録していたら、天使が光を短長に放ち出して……心得はあったから、すぐにモールス信号だって分かったんだ。そのことを報告に行ったんだけど、頭ごなしに否定されて、それじゃあ報告書の提出を止めようとすると……力づくだよ。あれじゃ、奪われたのと同じだ」    仕方がないのかもしれない。神璃はそう思った。自分はまだ見習いなのだ。その分際で上手い話が次々に転がり込んでくる神璃に、いい気分する人間はそうはいない。現に神璃は目立つ。  神璃の真剣に悩む様子に、樹把は息をつく。   「気にするな。放っておけよ。幹部なんてその場限りの言葉で有頂天に登らせておけばいいんだ。その方が得だぜ。生物研究より金遊びや陣地争いが好きな方々なんだ」    その程度だよ、研究にかけているものなんて。  樹把の歯切れの良い絶舌は止まることを知らない。  神璃は先程までのささくれ立った気持ちの薄らいだことを感じた。不思議なことに気持ちが急に軽くなり、身体も軽くなる。  正直にそのことを話すと樹把は爆笑した。   「おま……っ、だから溜めすぎなんだって。発散するっていってもゲームくらいだろ? たまにはこういう広い場所で人目も気にせずに大声で話したほうが、健康の為ってもんだぜ」 「それも、そうだ」    神璃が真顔でそう返した為、樹把は再び笑い出す。  そんな笑い声が気になったのか、架稜良が駆けてくる。   「樹把、笑い声が響いてるの。恥ずかしいよぉ」    架稜良は神璃の手に何かを握り込ませると、また海の方へ駆けて行ってしまう。  手をひらけると、ピンク色の小さな貝殻があった。   「神璃お兄ちゃんにあげるね~!」    遠くで架稜良が手を振っている。   「お熱だねぇ? 俺なんか呼び捨てだっつーのに」    思わず拳を握りしめてしまった神璃に、お兄ちゃああんと遠くで声がかかる。ぎこちなく笑いながらも神璃は手を振り、乾いた笑い声を洩らした。

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