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第7話 人体保存装置 其のニ

「しっかし何が面白いのか知らんが、よく走り回る子だなぁ。病気なんかしたことないって感じで。佐々木教授もおひとりで毎日大変だろうな」    架稜良(かろうら)は波と追いかけっこをしている。自分の頭よりも少し大きめの麦わら帽子の端を両手で押さえながら、飛んでくる水しぶきが嬉しいらしく、かかったり逃げたりして遊んでいる。   「……あの子ね、不治の病なんだって」 「──えっ!?」    樹把(たつは)が架稜良を凝視する。   「あの子、あんなに元気に走り回ってるじゃないか!! ──……病名は!?」 「分からない。特効薬もまだ無い新種のものらしいんだ」    詳しいことは聞かされていないが、幼い頃から病気がちだったことが関係しているらしい。   「優也(ゆうや)さんは、これ以上病気を進行させない為、薬ができるまで架稜良ちゃんを『保存』させるって」 「お前まさか……あの話」 「ああ。受けようって思ってる。あの子やたくさんの人々のために、自分のためにも」  現在国が総力を上げて取り組んでいる計画の中に、『人体保存装置』がある。不治の病に冒された人々の病の進行を防ぎ、特効薬が出来るまでの間、人の身体を冷凍睡眠させるという福祉団体の表向きの公表だったが、神璃は知っていた。  国が隣国との戦争に備えて、国にとって重要な人物を保存しておく為のものだということを。    半世紀前、この国はひとつの島国だった。  だが環境問題を巡る論争から大戦が勃発し、大敗した国は四つに分断された。やがて独立をしたが、それは四つの国家としてだった。  この四国家の総元首が大戦を勝利で制し、世界を平和に導いたとされる「龍」と呼ばれる家だ。  「龍」は島国の北部を紅龍国、東部を藍龍国、西部を黄龍国、南部を翠龍国と命名し、実権は「龍家」が握ることになったのだ。  四国家は「龍」の四兄弟が支配をしていたのだが、近年仲違いを始めた藍龍国と黄龍国が、お互いの陣地を求めて近々戦争を起こすのではないかという噂が広まっていた。  だが『人体保存装置』などという計画が実行されようとしている今、噂はきっと噂だけではないのだろう。  神璃(しんり)に『人体保存装置』の実験体要請が来たのは、見習い研究員になったばかりの春頃だった。この頃から神璃は決めていたのだ。  人の心は変わる。この実験が成功すれば大切な人を助けられるかもしれない。そんな思いを持っている人が沢山いて、その思いが気持ちが人を動かし、今では国をも少しずつ動かし始めている。   「──成功するとは限らないんだぞ」 「失敗するとも限らないじゃないか」    二人は相手を納得させるために、じっ、と見つめ合っている。  だがすぐに、わかった、と折れたのは樹把の方だった。   「お前、言い出したら聞かないもんな。自分の思うようにやってみろよ」 「……うん」 「ただし、俺も参加する……って、実はこの前、話があった時に面白そうだったから返事したんだよなぁ」 「──今、なんて言っ──!」    神璃の反論は聞くまでもないとばかりに、樹把は架稜良のところへと駆けて行き、そのまま鬼ごっこを始めてしまった。架稜良は楽しそうに、追いかけてくる樹把に海水を思い切り浴びせている。  全く言い出したら聞かないのは、お前の方じゃないか。  神璃は心内でそんなことを思いながら、やれやれとふたりを見ていると、神璃お前も来いと樹把が叫び出す。  太陽を反射して綺羅綺羅と光る広大な海へ、神璃は駆けて行った。

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