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第8話 ブレイズマザープロジェクト

 翌朝、研究所に着くと、何やら慌しくも緊迫した雰囲気に包まれていた。いつもの研究所独特の静けさとは打って変わって、こんなに騒がしいのは初めてのことだと神璃(しんり)は思った。  一体何があったのかと呆然と立ち尽くしていると、神璃と呼ぶ声がある。  声の主を探すと、手に少し大きめのダンボール箱を持った樹把(たつは)が、駆け寄ってくるところだった。   「──何かあったの?」 「聞いて驚くなよ! 例のプロジェクト成功しそうなんだ」 「え」 「『ブレイズ・マザープロジェクト』だよ!」    神璃は驚愕する。  樹把は小走りをしながら、少々早口で神璃に説明した。   「密猟者に撃たれて即死寸前だった狼族が研究所に運ばれてきたんだ。狼の身体の方は銃創がいくつもあって流血も酷いものだった。佐々木教授は以前からほぼ成功していた有機物質生命体に狼の脳を埋め込んで、逆パターンでの『ブレイズ・マザー』を造り上げようとしている。有機物質生命体に脳は拒否反応を示さなかった。あとは『SILENT』との連立存在意識を確率させる、接続回路の立ち上げを残すだけなんだ」     B・Ⅿ生物科学研究所の作られた本当の理由は、人間を基本(ベース)に野生動物が持つ様々な『力』を脳に埋め込んだ生命体兵器『ブレイズ・マザー』を造り出すことだ。  AIマザーコンピュータ『SILENT』には『混沌』と呼ばれるいにしえの生命体が埋め込まれてる。  『天使』の見つかった遺跡の地下にて発見された『混沌』は、初めは脈打つ肉塊の姿をしていた。だが状態をすぐに蒼い焔へ。そして上半身だけだったが、人に似たものへと変化させたのだという。  『混沌』は自分の意思の思うままに、状態を変化させる力を持っていた。  この『混沌』の能力を利用して『混沌』の意思を『SILENT』が操作し、ブレイズ・マザーの生命の維持と容姿の変化、そして野生動物の『力』──この三つを連立存在意識という──を確立させるのだという。  これらは情報を書き込んだ『混沌のかけら』を、対象者の脳に埋め込むことによって発動する。『混沌』との融合と言ってもいいだろうか。  対象者は一般の人間よりも、遥かに強い身体と命と力を手に入れる。  ただし生命の維持を『SILENT』に預ける形となり、自分で死ぬことすらできない身体になる。怪我をしても『混沌』の能力が状態を元に戻すのだ。『SILENT』が全プログラムを放棄した時のみ、対象者に初めて死が訪れるという。また野生動物の『力』を発揮する際は、容姿が変わる。埋め込まれた動物の種類に近い形に変化するのだ。    だが今回は少し事情が違った。  『混沌』から作られた有機物質生命体に、狼の脳と『混沌のかけら』を埋め込み、『SILENT』との接続回路を立ち上げてみようというものだった。    ──後は最終段階を残すのみ。    神璃は今更ながらにして恐ろしくなった。  本当にいいのだろうか。こんなことをしていいのだろうか。  国が総力を上げて取り組んでいるプロジェクト。  その意味。  同じ動物が動物を造り上げる。  その意味。   「……駄目だ」 「──神璃?」  駄目だ、駄目だ。 「成功しちゃ、駄目だ!」 「あ、おい! 神璃」    神璃は何かにとりつかれたかのように、走り出した。

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