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第13話 予兆
「──しばらくの間、この研究室、誰も来ないんだ」
ブレイズマザープロジェクトを任されている佐々木優也が動かない以上、他の研究員もこの件に関しては動けないのが現状だった。下手に動いて何かあった時に責任を取りたくないのだろう。またそれは『天使』に関しても同様だった。
「……お前も来ないのか? 神璃 」
皇司 の耳触りの良い低い声が、自分の名前を呼ぶ。
ただそれだけで嬉しくて堪らない。
だがこれ以上、彼の目を見ていると自分が何を仕出かすのか分からない。神璃は敢えて狼の目を見ることをせずに頷いた。
「明日から一か月間ほど、別 の 研 究 が 入 っ て い る か ら 、それが終わったら……かな」
『天使』の部屋の網膜識別式のドアロックの解除の音が鳴り響く。
「この研究室全体は『SILENT』によってしばらくの間封鎖されるけど、『天使の部屋 』は開けておくから『天使』の話相手になってあげてよ。それに皇司も寂しくないでしょう?」
貴方は存外、寂しがりやだから。
そんなこと思ってしまって、神璃は再び内心動揺しながらも、やがて納得する。
ああ、自分はやはりこの狼を、皇司を知っている。
遠い未来なのか、遠い過去なのか、それすらも分からなかったけれども、多分自分は彼と共にいたのだ。
何も根拠のない確信だ。
だけど。
ちらりと皇司を見遣れば、どこか納得のいっていない不貞腐れた表情で、そっぽを向いてしまっている。『寂しくないでしょう?』と言われたことが気に入らなかったようだ。長身で端正な顔立ちをしている皇司が、子供のような表情をしていることが何だか可笑しくて、神璃はくすりと笑う。
そんな狼としばらく会えないのだと思うと、神璃こそ寂しい気持ちになった。
***
神璃が研究所を後にした刹那『SILENT』の起動音がして、部屋全体にロックが掛かる。
ギュ、ギュ、と。
天井にある丸いカメラの動く音がする。
それはまさしく『SILENT』の目だった。
『SILENT』は常に稼働し、研究所の全ての部屋を監視し続けている。
忌々しくもそれを睨み付けながら、皇司は『天使』の部屋に入った。
今の『SILENT』を憎く思っても、どうしようもないことぐらい分かっている。
だが、全ては……。
「──分かってる。神璃に飛んで貰わなくては、進 ま な い 」
そして憎き『SILENT』もなくてはならないものだということも。
皇司の言葉に、淡い光が応えるかのように点滅する。
「だが今回は分からないぞ。俺にあった蒼い焔は、神璃が抱え込んでしまっている」
それがどう作用するのか。
今までにない事態に全く予想が付かない。
再び淡く点滅する光に、皇司は大きく息をついたのだ。
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