14 / 16

第13話 予兆

「──しばらくの間、この研究室、誰も来ないんだ」    ブレイズマザープロジェクトを任されている佐々木優也が動かない以上、他の研究員もこの件に関しては動けないのが現状だった。下手に動いて何かあった時に責任を取りたくないのだろう。またそれは『天使』に関しても同様だった。   「……お前も来ないのか? 神璃(しんり)」    皇司(こうじ)の耳触りの良い低い声が、自分の名前を呼ぶ。  ただそれだけで嬉しくて堪らない。  だがこれ以上、彼の目を見ていると自分が何を仕出かすのか分からない。神璃は敢えて狼の目を見ることをせずに頷いた。   「明日から一か月間ほど、()()()()()()()()()()()()、それが終わったら……かな」    『天使』の部屋の網膜識別式のドアロックの解除の音が鳴り響く。   「この研究室全体は『SILENT』によってしばらくの間封鎖されるけど、『天使の部屋(ここ)』は開けておくから『天使』の話相手になってあげてよ。それに皇司も寂しくないでしょう?」    貴方は存外、寂しがりやだから。  そんなこと思ってしまって、神璃は再び内心動揺しながらも、やがて納得する。  ああ、自分はやはりこの狼を、皇司を知っている。  遠い未来なのか、遠い過去なのか、それすらも分からなかったけれども、多分自分は彼と共にいたのだ。  何も根拠のない確信だ。  だけど。  ちらりと皇司を見遣れば、どこか納得のいっていない不貞腐れた表情で、そっぽを向いてしまっている。『寂しくないでしょう?』と言われたことが気に入らなかったようだ。長身で端正な顔立ちをしている皇司が、子供のような表情をしていることが何だか可笑しくて、神璃はくすりと笑う。  そんな狼としばらく会えないのだと思うと、神璃こそ寂しい気持ちになった。                  ***       神璃が研究所を後にした刹那『SILENT』の起動音がして、部屋全体にロックが掛かる。  ギュ、ギュ、と。  天井にある丸いカメラの動く音がする。  それはまさしく『SILENT』の目だった。  『SILENT』は常に稼働し、研究所の全ての部屋を監視し続けている。  忌々しくもそれを睨み付けながら、皇司は『天使』の部屋に入った。  今の『SILENT』を憎く思っても、どうしようもないことぐらい分かっている。    だが、全ては……。  「──分かってる。神璃に飛んで貰わなくては、()()()()」    そして憎き『SILENT』もなくてはならないものだということも。  皇司の言葉に、淡い光が応えるかのように点滅する。   「だが今回は分からないぞ。俺にあった蒼い焔は、神璃が抱え込んでしまっている」    それがどう作用するのか。   今までにない事態に全く予想が付かない。  再び淡く点滅する光に、皇司は大きく息をついたのだ。        

ともだちにシェアしよう!