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7月20日/高校生/八神るいの相談

茶倉くんと烏丸くん、だよね。二年三組の八神るいです。今いい?話があるの。 クラスの子に聞いた、茶倉くんのおばあちゃん地元で有名な拝み屋さんなんでしょ。茶倉くんも霊感持ちで、色んな事件解決してきたらしいじゃん。 オカルト絡みの相談受けてくれるってホント? お金……は、前払い?手持ち三千円しか。コロッケパンと焼きそばパン貢ぐから、これで勘弁してくれる?あとでお年玉払うから。 とりあえず場所変えよ。ここじゃ人に聞かれるし屋上へ。 烏丸くんも焼きそばパン推し?すぐ売り切れちゃうから、ゲットできたの奇跡だった。 それで、ね。二人にお願いしたいのは、うちのおばあちゃんのことなの。 おばあちゃん、認知症なんだ。で、お母さんがずっと介護してた。お父さんは単身赴任で頼りになんない。 ヘルパーさんにも来てもらってるけど、ずっといてくれるわけじゃないし、オムツ替えとかご飯とかお母さんが殆ど一人でやってたの。 優しくていいおばあちゃんだった。お小遣いいっぱいくれて可愛がってくれた。大好きだった。おかしくなり始めたのは五年前。だんだん物忘れが酷くなって、朝ごはん食べたのに食べてないって言い張って、ご近所をぐるぐる徘徊するようになった。 嫁姑仲は良かった方。喧嘩してるの見たことないし。 お母さんはパートと介護を掛け持ちしながら頑張った。おばあちゃんはどんどんボケてった。私は……何もしなかった。小学校の頃からバスケに打ち込んでて、朝練ハードで、高校じゃレギュラー目指して……なんて、言い訳にもなんないよね。 夜、トイレに起きると、台所から啜り泣きが聞こえてくるの。なんだろうって思って覗いたら、お母さんが泣いてるの。 一回じゃない。何回もあった。「どうしたの?だいじょぶ?」って聞いても「だいじょうぶ。なんでもない」って笑うだけで……なんでもないはずないよね。 だけど私、知らんぷりした。うちの問題に深入りするのが嫌で、おばあちゃんの介護、お母さん一人に押し付けた。 そのうち、ね、おかしくなった。 おばあちゃんはヒステリー起こして、「あんたは誰」ってお母さんを罵る。私をお姉さんと間違えて構ってほしがる。 優しかったおばあちゃんが変わってくのが嫌で逃げ続けたずるい私と対照的に、お母さんは始終イライラし、おばちゃんに向かって声を荒げることが増えてった。 前はしっかりしてる時としてない時が半々だったのに、最近じゃ三対七位。 私のことお姉さんと間違えるだけじゃなくて、お隣の小学生を疎開で離れ離れになった友達と思い込んで、玄関に上がりこんじゃったり。 おばあちゃんが使用済みオムツを撒き散らした日、遂にお母さんは泣き崩れた。 「これじゃ赤ちゃんと一緒じゃない!まるっきり子供返りして、情けない!」 ……食べてる最中に汚い話ごめん。 でもね、これだけはわかってほしい。お母さんは悪くない。おばあちゃんが冷蔵庫のモノ勝手に食べた時も、お財布盗んだ犯人て決め付けられた時も、ずっと我慢してきたんだもん。 介護で大変なのに毎朝毎朝早起きして、お弁当作ってくれるのがどれだけ有難いか。 ―だね。茶倉くんの言うとおり。もう高校生なんだし、自分で作るって言えばよかった。 おばあちゃんが認知症になってからうちはめちゃくちゃ。年のせいだ、病気のせいだ、おばあちゃんは悪くないって頭じゃわかっててもうざがる気持ちが止まんなくて、おばあちゃんさえいなければって神様に願った。 消えちゃえって。 叶った。 お母さんがキレた次の日、おばあちゃんはいなくなった。 もちろん警察に通報した。でも行先はわかんない。ご近所さんも知らないっていうしお手上げ。 お母さん、がっくり落ち込んじゃって。自分のせいだ、あんなこと言わなけりゃよかったって。 もしおばあちゃんに何かあったらどうしよ。事故や事件に巻き込まれたら……。 待って、行かないで、最後まで聞いて!この話を茶倉くんにしてるのはちゃんとわけがあるの。 一昨日でおばあちゃんが消えて一週間。なんとなく眠れなくて、夜遅くまでスマホをいじってたら、ユーチューブに動画が上がってたの。たまに見てるユーチューバーの新作。 場所を聞いてびっくり、私が住んでる町にある廃トンネル。ユーチューバーの前説によると、戦争中に疎開児童を乗せた列車が機銃掃射をうけて大勢死んだ、曰く付きのトンネルなんだって。 そのチャンネルは全国の心霊スポットに突撃すんのをウリにしていて、メジャーどころに行き尽くした結果、コメ欄で口コミ募ってマイナーな場所選んだみたい。 「ここが噂の冥界トンネルです。視聴者さん曰くあの世に繋がってる場所、死んだ人に会えるらしいぜ」 「うわ~雰囲気あるな~」 「この暗さ!肌寒さ!知名度じゃ犬鳴トンネルや吹上トンネルに劣っけど、圧を感じるよね~」 「げっ、壁に弾痕」 「生々しいな……」 二人組のユーチューバーがトンネル内を映す。出口は遥か彼方。 「え?」 私、見た。 ユーチューバーの肩越しにチラ付く影。見覚えあるパジャマの柄。トンネルの奥へとぼとぼ歩いてくその人は……。 「おばあちゃん?」 他の人にも見えたみたいで、コメ欄は騒然。やらせを疑うひともいた。本人たちは否定してた。 アレはおばちゃんだった。生まれた時から同居してる孫が言うんだもん、間違いない。 もしかしてって動画の撮った日付を確めたら、おばあちゃんが消えた翌日だった。 私、じっとしてらんなくて、昨日は生まれて初めて学校サボった。行き先は冥界トンネル。 動画がアップされた直後だし、冷やかし目当ての人がたくさんきてるかなって警戒したけど、午前中に着いたせいか全然そんなことなくて、トンネルだけがぽっかり口を開けてた。 自転車を草むらに転がして、入口近くまで歩いてって、叫んだ。 「そこにいるのおばあちゃん。むかえにきたよ、るいだよ。一緒に帰ろ」 反応なし。しーんと静まり返ってる。 「お父さんお母さんも心配してる。みんなさがしてる」 嫌な感じ、だった。誰もいないのに視線を感じる、トンネルの中に犇めいてるのがわかる。 どうしても入る勇気が湧かず、だけど引き下がれなくて、何度もおばあちゃんを呼んだ。 でも、やっぱり出てきてくれない。仕方ない。ぐっと奥歯を噛んで、覚悟を決めて駆け込んだ。 「このあたり……だよね」 ユーチューバーの立ち位置を思い返し、注意深く進む。長さは百メートル位。向こうにはポツンと丸い明かりがあって、それを目印にさらに進み、不意に立ち止まる。 音が聞こえた。バババババ、バババババ。うるさい。鼓膜が破ける。 耳を塞いでしゃがんだ瞬間― ガタンゴトン、ガタンゴトン。 後ろから何かすごい質量のものが近付いてきた。バババババ、ガタンゴトン、ババババ、ガタンゴトン、その繰り返し。 ガタンゴトンをバババがかき消す間際に振り向いて、背後に迫ったそれが巨大な列車と知った。 今の電車と違うの、昔の列車。先頭車両が蒸気を噴いて、後続車両は激しく揺れて、窓には夥しい手形と顔が、知らない人たちが張り付いてた。 その中に、おばあちゃんがいた。 嘘じゃない。信じて。絶対見た。 ……それからどうした?壁に張り付いて、ぎゅって目ェ瞑って、列車をやり過ごしたよ。 次に目を開けたら何もなし。列車はどっか行っちゃった、おばあちゃん閉じ込めたまんま。 お願い茶倉くん、おばあちゃんを連れ戻して。 おばあちゃんは幽霊列車にさらわれちゃったの。アレは列車の亡霊なの。 お母さんは毎日自分を責めてる。お父さんは単身赴任を切り上げてうちにいる。 おばあちゃんを連れ戻してくれたらお年玉全部あげる。烏丸くんと山分けして。 悪いけど、私、一緒に行けない。見て、足が震えてる。もうすこしで轢かれるとこだったんだよ。 身勝手だよね、わかってる。わかった上でお願いします。茶倉くんたちだけが頼りなの。

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