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幽霊列車⑥
魚住のネイルみてえな桜貝を波が磨き、綺麗な白砂を切り崩して泡沫を残す。
「海に連れてってやる約束、結局破っちまった。リカのヤツ、むちゃくちゃ楽しみにしてたのに……それを今、一年越しに叶えてなにが悪い?」
力なく嘲笑を浴びせる。
「葬式で聞いたぜ。リカが落ちた時、ぼさっと突っ立ってんだって?」
「それは」
「てめえが抱き止めてりゃぐちゃぐちゃにならずにすんだのに……茶倉も同罪だ。てめえらなんかダチじゃねえ、疫病神じゃねえか」
書き割の太陽が照らす空の下、絶交を宣言する板尾。茶倉が芝居がかったため息を吐く。
「黙って聞いとれば責任転嫁甚だしい」
「んだと」
「ほなお前は?魚住が飛び下りた時どこおったねん」
「ッ!!」
「カノジョの遅刻も気にかけへんで、ボケッと授業受けとったんか」
「あの日はメールに返信こなくて、お、俺だって心配したんだ」
「言い訳やな」
「リカが教室スルーで旧校舎行ったなんて知らなかった、知ってたら」
「止めれたかいな」
苛立たしげに砂を踏む。
「既読無視のメールほかして、惚れた女の様子見もせんで、自分の怠慢棚に上げて他人の過失責める腰抜けはどっちやねん」
「てめえ!!」
「やめろ茶倉」
「やりきれんからてしょうもない八ツ当たりすな、屋上と地面が何十メートル離れとる思とる、魚住の体重に高さと速さ掛けたら等身大のコンクリブロック落ちてくるんと同じ、受け止められるわけあらへんやん物理的に。当たり所まずけりゃ俺たちも死んどった」
理詰めの反論に追い込まれ、よろめきあとじさる板尾にとどめをさす。
「命がけで守るて決めた奴みすみす死なせといて、生き恥さらしてよお平気やな」
「言っていいこととワリィことの違いくらいわかれ!」
激情に任せて諫め、一言聞く。
「―『それ』が魚住に見えんのか」
「は?」
板尾の脇腹を掠め、繰り出された刺突を木刀で弾き、飛び退く。黒レースを織り込んだ日傘が砂浜に落ち、回る。
「ばれちゃった」
寄せては返す波音が次第に強まり、水位が上昇していく。
「こっち来い板尾」
「彼は私のもの。ずっと一緒にいてくれるって約束したの」
砂浜が湿気り、逆光に縁取られたカモメが遠のく。正面を向いたまま、板尾が震える声で念を押す。
「リカだよな?」
「よせ、葉月さん」
板尾に巻き付く手に木刀を擬し、ゴスロリ服の女を牽制する。
「何があった」
葉月さんが日傘を拾い、尖った先端を砂に突き刺す。
「別れてってお願いしたの。何度も何度も」
ザクザク、ザクザク。連続で突き刺す。
「結局ね、更紗ちゃんが本命だったの。私は遊び。ユウくんにはっきり言われちゃった、別れてくれって。勝手だよね。許せないよね。だからねえ、更紗ちゃんにばらすよって脅したの。サークルのグループラインに写真や動画貼られたら困るでしょ?ユウくん、撮りながらエッチするの大好きなんだ。更紗ちゃんは恥ずかしいって嫌がるから、私が代わりにしてあげてたんだよ」
ユウくん。雄大。
「野崎さんの彼氏と付き合ってたのか」
「トンネルに呼び出したのは懲らしめが目的。ユウくん怖がりだから、酷い事したらお化けに祟らせるよって」
葉月さんは野崎さんの彼氏と浮気してた。しかしフラれそうになり、スマホに保存した画像で脅迫し、冥界トンネルに呼び出す。
「ユウくんはずるい。場を盛り上げたいからお化けがいなくてもいるふりしてくれって頼んだくせに、本物来たらビビリ散らして、私を置いて逃げ出した」
ユウくんこと雄大は、恋人を含む他のメンバーをびびらせる為に自作自演の狂言を仕組んだ。
肝試しの翌日にトンネルを訪れたのは、浮気に加え、その事実をばらすと仄めかされたから。
「行きの車の中で更紗ちゃんと仲良くお喋りしてたの覚えてるよ、今度の夏はバリ島行くんだって。バリだよバリ、こんなケチ臭いビーチじゃなくって」
目をぎらぎらさせながら日傘の先端で穴を穿ち、ヒステリックに声の調子を上げていく。
「夏休みはずーーーーっと一緒にいられると思ったんだけどなあ」
「湘南馬鹿にすんな、最強のデートスポットだぞ」
葉月さんが鼻白む。板尾が振り返る。
「置き去りにされたのか?」
「……列車が来たの」
寂しげに微笑む。
「二人でトンネル歩いてたらパーッと光が射して、後ろからどんどん追い上げてきた」
視界が眩む。膝が泳ぐ。
「私ねえ、足遅いの。フリフリのドレスも邪魔だし。一生懸命逃げたけど間に合わなくて、もーだめ轢かれちゃうって時に、ユウくんの腕掴んだわけ。突き飛ばされるとか思わないじゃん、さすがに」
それは不幸な事故。
幽霊列車の出現でパニックに陥ったユウくんは、自分が助かりたい一心で足手まといを振りほどく。ただでさえ華奢で小柄な葉月さんは吹っ飛ばされ、頭を強打する。
「待てよ、死体はどこに……」
葉月さんが自嘲の笑みを刻む。次の瞬間、世界が崩壊した。
「地震!?」
海の家が傾いで倒れ、沖から高波が押し寄せる。
「波が出る車両でお子様受け狙ってんのかあざてえ!!」
「理一!」
すぐ横で放心する板尾の手を掴むも、茶倉にあと数センチ届かねえ。津波が白い牙を剥き、砂浜を齧りとる。
「ぼががっ!?」
体を持ってかれる。天地が入れ替わり目を回す。大量の泡を吐き出し水をかき分け、抗いきれず押し流され、開いた扉から隣の車両へ排出。離れ離れになるまいとふみちゃんの形見のまさこを掴み、ズボンに挟む。
透明な青が満たす車両を群れ泳ぐ魚。
網棚でまどろみ、座席の下をくぐり、真っ直ぐ伸びた通路を揺蕩い、竜宮城のように幻想的な光景を紡ぐ。
ぐったりした板尾を抱え、溺れる一歩手前で浮き沈みする俺の鼻先を茶倉が流されていく。水のかたまりを蹴り、推進力を得て追いかける。
「むむ゛~!」
渦巻く潮流がダチをさらってく。失神した茶倉を吸い込み、即座に扉が閉じる。肺が限界を迎え、背凭れを蹴った反動で急浮上。
「げほげほっ!」
水位は天井すれすれまで上がっていた。茶倉を見失っちまったのは返す返すも失態。板尾はそばに浮かんでる。
「人工呼吸はごめんだぜ」
木刀を目一杯引き付け、車窓上方のガラスを突く。一打目、二打目、三打目。四打目にしてひびが入り、五打目で放射線状の亀裂が広がる。
凄まじい水圧がガラスを拉ぎ、窓が割れ、瀑布の如く排水が行われた。窓の外に吐き出された水は白く煙り、エンジンの熱で蒸発し霧と化す。
「作戦成功!」
トンネル後方に怒涛を打って押し流される水を見送り、車内に引っ込む。当然ながら通路は水浸しで座席もびしょ濡れ、網棚じゃピチピチ魚が跳ねていた。
「起きろ」
板尾を床に寝かせ頬を張り飛ばす。
「うぅ~ん……リカ?おはようのキスはもっと優しく、ぶふっ!?」
「茶倉を追っかけるぞ!」
鼻を摘まんで吊るしゃさすがに目覚めたようだ。スニーカーのゴム底で水たまりを蹴散らし、次の車両へ急ぐ。
「固っ、そっち持て」
「こうか?」
「引っ張れ!」
二人がかりで開け放ち、狭苦しい貫通路を渡る。板尾は気まずげにしていた。
「烏丸、俺……」
「話は後で」
一度深呼吸し顔を上げ、隣の車両を仕切る扉と対峙。手を掛け引っ張り、驚く。
一面に白い花が咲いていた。車両ん中に野原がある。
「なんてな。海を泳いできたんだ、今さら驚かね……」
そよ風に揺れる花を見渡し、ドヤ顔をキメそこねる。声がやけに高く、不自然に視点が低い。
「からすま~おいてくな~」
ぶかぶかな服を引きずり、裾を踏んでべたんとコケ、板尾の豹変ぶりに仰天。背丈が十歳児程度に縮んでいた。
「なんでちびっちゃくなってんの、お前」
「そっちこそ」
まっすぐ指され動揺する。ぺたぺた顔をさわり体をなで、それでもまだ納得できず、小さい板尾の頬を抓る。
「やめろばか!」
「子供に戻っちまった……」
車窓に映るのはガキの俺と板尾。年頃はせいぜい十歳前後。
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