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幽霊列車⑪

「続けるか鬼ごっこ」 膝を撓めて着地、丁寧な所作でお姫様を下ろす。板尾と茶倉が駆け寄ってきた。耕作くん雅子さんも無事。 「元に戻ったのか!?」 「ちびっ子のまんまじゃお姫様抱っこできねえだろ」 ちんぷんかんぷんな板尾の指摘ににっかり笑い、バット代わりの竹刀を大きく振りかぶって予告する。 「戦闘機じゃ足りねえってんなら空母でもUFOでも持ってこい、逆転満塁ホームランで打ち返したらあ!」 「煽ってどないすんねん、アダムスキー突っ込んできたら責任とれや」 「願ったり叶ったり、ETと人さし指コツンすんのが子供の頃からの夢だったんだ」 「スピルバーグも仰天やな。チャリで月まで飛ぶか?」 「列車ごと飛ばせよ、銀河鉄道は男のロマン」 「月の砂持って帰ってこい、一グラム十万で売ったる」 「ぼりすぎ」 葉月が思いきり吹き出す。 「あ~あ、馬っ鹿みたい。なんかもーどうでもよくなっちゃった」 ポークビッツトリオのコントに毒気をぬかれた少女に歩み寄り、大事なことを伝える。 「野崎さんが心配してる。別れ際に言ってたぜ、今でも毎日SNSやLINEチェックするって。一日一回メールしてるって」 「……」 「仲良かったんだよな?一緒に撮った写真見せてもらった」 「馬鹿だよね、遊ばれてたの気付かないで」 「馬鹿っていうな」 「本当のことだもん」 「だます方とだまされる方ならだます方が悪いに決まってる」 「俺と見解ちゃうな」 「詐欺師は黙ってろ」 葉月に向き直る。 「一番悪ィのはアンタを置き去りにした二股クズ野郎、自分勝手な理由で殺して埋めたクソ外道。そこをはき違えちゃ駄目だ」 まっすぐ目を見詰め、きっぱり断言する。俺の腕の中、葉月が悄然とうなだれる。白く華奢な手が撫で擦るのは、ドレスの袖に包まれた腕。 「ユウくんね、私のリスカ痕見ても引かなかったの。そんな男の人初めてだった。運命の人だと思った。本気で好きだった」 「俺にできることある?」 「『俺たちに』だろ」 「せやな」 言葉尻に被せ、右に立った板尾が言い直す。茶倉が左に来て、皮肉っぽい笑みを刻む。 「烏丸ひとりにいいかっこさせねえよ」 「忘れてもらっちゃかなわん」 茶倉が床に落ちた日傘を拾い、葉月さんに返す。ガタンゴトン電車が揺れる、通路を塞いだ戦闘機を背負って佇む。 俺たちの顔を順繰りに見詰め、茶倉に渡された日傘を差し掛け、真顔で懇願する。 「仇をとって」 「まかせとけ」 葉月と約束を交わし、小指と小指を絡めて揺する。寂しげな微笑が徐々に薄らぎ、ほっそりした輪郭が溶け、やがて完全に消滅した。板尾が放心気味に呟く。 「……案外あっさりしてたな」 「力使いきったんやろ」 「成仏したのか?」 「遺体を見付けなきゃ」 「埋まってる場所わかんねーし」 「心当たりはある」 戦闘機の残骸もぼちぼち消え始めていた。車内が時間を巻き戻すように修復され、耕作くんと雅子さんが立ち尽くす。 「今の人どこに?」 「とりあえず座って待」 耕作くんを席へ促した瞬間ブレーキが悲鳴を上げ、傾いだ体が跳ね飛ばされた。 「むぶっ!」 パン生地みてえに車窓に叩き付けられる。外に続くのはトンネルの壁…… 「なっ」 トンネルの壁がぐにゃぐにゃ伸縮しながら波打ち、それに応じレールがほどけ、花火の軌跡のように線路が消えていく。 「どうなってんだ茶倉!」 「葉月と衝突した余波で時空が歪んだんかも」 「俺たちが暴れたせいで?」 ふむと考え込む。 「大阪の御堂筋を幽霊電車が走ったのって、確か終戦の年の三月だよな」 「せやけど」 「冥賀トンネルの惨事は八月上旬……五か月後?関係ねえかそれは、幽霊列車がタイムマシンみてーなもんなら」 思考に熱中、ブツブツ呟く。板尾がお手上げポーズで首を振り、茶倉が胡乱げな半眼になる。 「何考えんとんねん」 「笑うなよ」 「保証できん」 「馬鹿げたこと考えてるってわかってる。でもさ、実際体験しちまったし」 「はよ言え」 深く息を吸い、切り出す。 「トンネル内の時空が歪んで、未来と過去、現在が繋がっちまったら」 幽霊列車はあの世とこの世を結ぶ列車。 したがって過去から現在を通過し、未来へ時間が流れていくとは限らない。 茶倉は即否定せず、目を細めて聞いてくる。 「根拠は」 窓の外に顎をしゃくる。レールの錆が剥がれて新しくなり、壁のひびはひとりでに塞がっていく。 「車輪の軋みも小さくなった。現役時代に戻ってんだ」 「信じらんねえ」 「幽霊列車は想いを形にする。じゃあさ、『昭和二十年三月十四日 大阪空襲の夜に心斎橋から梅田まで走れ』ってお願いすりゃ、火の海に取り残された人たち助けられんじゃねえか」 茶倉が息を飲む。板尾が素早く挙手し、耕作くんと雅子さんを見比べる。 「烏丸の推理が当たってるとして、だ。先に冥賀トンネルの惨劇取り消すのが筋じゃねーか、この人たちの知り合い乗ってんだろ」 「だよな!早速ふみちゃんたちに知らせ」 「あかん」 後ろ襟を引っ張られた。 「ふみたちはもォ死んどる。いくら幽霊列車かて死人を生き返らす奇跡は起きん」 「やってみなきゃわかんねーだろ!」 少しでも可能性があんなら賭けてえ、歴史を変えられるかもしんねえ。 「止めへん。試してみ」 突き放すように言われ、その場で目を瞑り、機銃掃射の事実をなかったことにしてくれと念じる。駄目だ、何も起きねえ変わんねえ。 「よく考えろ理一。幽霊電車は地下鉄御堂筋線を走った、ずっとトンネルを出んかった。冥賀トンネルの惨事は?列車がレールを外れて横転したのはトンネル外、法則に当てはまらん」 トンネルが先か列車が先か、列車が先かトンネルが先か。雅子さんの証言が正しけりゃ、この土地自体に特別な力が宿ってるのか。 トンネルが列車に力を与えてるって仮説が正しけりゃ、外で死んだ人間は助からない? 「奇跡は起きん。手遅れや」 「やる前から諦めんな!てめえは助けたくねーのかよ、ふみちゃんと仲良くお喋りしてたじゃねえか!」 我慢できず走り出す。貫通扉を開け放ち、連なる車両を走り抜け、ふみちゃんがいた場所まで全速力で引き返す。 「なんでいねえんだよ……」 嘘だ。おかしい。こんなことあってたまるか、絶対認めねえ。車両はどこも殺風景な空っぽで、人っ子一人いなくて、座席の下を探しても網棚の上を見てもふみちゃんは出てこねえ。 「誰かいませんかー!」 お母さんにおんぶされた赤ん坊も千人針に願掛けしてた兵隊も、みんなどっかに消えちまった。 「話聞いてください!この列車は昭和二十年八月八日にアメリカの戦闘機に襲われるんです、トンネルの出口と入口挟み撃ちにされて、機銃掃射うけて、いっぱい死んで、だけど変えられるんだ、全部なかったことにできるんだ!」 空っぽの車両に虚しく声が吹き抜ける。 「頼むから誰か返事してくれよ、みんなだって生きてえだろ、会いてえ奴いるだろ!このままほっときゃ男も女も大人も子供もいっぱい死ぬ、戦争は八月十五日に終わんのにっ……俺一人じゃ無理だ足りねえんだ、けどみんなで束んなりゃ頭の上にどっかり胡座かいてるふざけた運命書き換えられんだ、こんな暗くてジメジメしたとこで理不尽に人生終らせねえでいいんだよ!」 ふみちゃんは守屋のじいちゃんと仲良く喧嘩しながら長生きする、若い兵隊は愛する許嫁と結ばれる、赤ん坊は健やかに育って老いてく。 「思い出せ理一。お前が成仏させたんや」 俺を追いかけてきた茶倉が、顎から滴る汗を拭って諭す。 「お前が戦闘機ぶった斬って、亡霊の未練を綺麗さっぱり晴らしてもた。せやさかい誰もおらん。空っぽや」 俺が。 俺のせいで。 「見届けたやろ、その目で」

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