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幽霊列車⑩
またもやばら撒かれた弾丸を紙一重で回避、座席を盾にして弾雨を凌ぐ。板尾は頭を抱えて突っ伏し、耕作くんと雅子さんは抱き合って蹲り、茶倉が結界を張る。
「葉月はどこや」
「あっちこっち響いてわかんねえ」
「撃ちこんどんのは片割れ?相棒の仇追ってくるとは執念深い」
「トンネルの幅っ、高さっ!なんで当たり前に追って来れんの入れねーから待ち伏せたんだろ!?」
「列車が伸び縮みするならトンネルかて広がる、あの世に時間や距離の概念あらへんさかい」
「反則オブ反則!」
天井が剥がれて吹っ飛び、プロペラを旋回させたP-51マスタングが満を持して再登場。コックピットは無人だが、翼の上に誰かが立っていた。日傘を差し掛けた葉月。
「ラスボス登場か」
「ド派手な演出」
葉月の顔は焼け爛れていた。真新しい火傷の痕跡。即座に日傘を畳み、尖った切っ先を俺に向ける。
「ユウくん連れて来て」
「仕返しする気かよ」
「心中するの。じゃなきゃ不公平でしょ、私だけお化けだらけの陰気くさい列車に閉じ込められて」
「よお言うわ、乗っ取ったくせに」
「トンネルは終わらない。駅には止まらない。ずっとずっと走り続けるの、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる」
「アンタが死んだのは事故だろ、ユウくんだってわざとじゃ」
「傘で殴っても?」
素早く日傘を開閉、振り上げて振り下ろす。
「最後に見た光景教えてあげる。黴だらけのトンネルの天井、おっかなびっくり引き返すユウくん、トートバックの中の日傘、それを拾って何度も振り下ろす。固い先端が刺さって、おでこから血が出ても全然やめてくんない」
漆黒の傘が花開き、生臭い雫が降り注ぐ。
「殺されたの、私」
髪の生え際からドロリと血が垂れる。
「慰めて」
一抹の哀切を孕んだ嘲弄、あるいは挑発。左翼に仁王立ちした葉月と向き合い、木刀を投げ捨てる。茶倉が目をまん丸にする。
「女の子は斬れねえよ」
「カッコ付けんなはよ拾え!」
「来い。慰めてやる」
肩幅に踏み構え、両手を開いて通せんぼ。ここは想いが形になる世界、気持ちで負けずに踏ん張りゃ活路が開ける。
ただの木刀を斬鉄剣に変えた俺のように、ビーズの雨を降らせた茶倉のように、願いは必ず届く。
「嬉しい」
P-51マスタングが猛然と突っ込んできた。急旋回するプロペラが空気を切り交ぜ、機銃掃射を喰らった座席が弾け飛ぶ。
「当たるかよ!」
俺は不死身だって信じろ。眼光鋭く茶倉と切り結んだ視線を外し、床を蹴って助走する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
板尾が揃えた両手を踏み台に大きくジャンプ、茶倉が投擲した呪符の段々を駆け上る。
「ごめん!」
膝を撓めて跳躍、ずだんと左翼を踏み締め両手を返す。
「きゃっ!?」
のるかそるか、いちかばちかのスカートめくり。大胆に翻る裾が顔を覆い、よろめく葉月の手から日傘を奪い、開く。
落下傘。
「好きなヤツ振り向かせたくて頑張ったんだな。偉い」
俺の腕、限界まで伸びろ。
ズボン丈が合った足で宙を蹴り、ドレスの裾を黒薔薇みてえに膨らませ、背中から落ちゆく葉月を抱き止める。
司令官を失った機体がバランスを欠いて不時着、座席を薙ぎ倒す。
耕作くん雅子さん、序でに板尾を庇った茶倉が結界を展開し、ガリガリ座席を削り取る右翼を押し拉ぐ。
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