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幽霊列車⑨

「……八神が哀しむ」 「知ってる」 「寂しがる」 「わかってるわ」 「死ぬ以外の方法ねえのかよ。たとえばそうだ、老人ホームに入るとか」 「人様の世話になりたくない。きっとまた姑を殺した時みたいな暴言を吐いてしまうわ」 「……っ、」 「お金もないの。わかって頂戴」 板尾が悄然と俯き、茶倉がため息に暮れる。 「無駄足やった」 「テメエ!」 「帰るで。ここにおったかて仕方ない」 「ばあちゃんはほったらかしか」 「本人の望みや」 「ンなの見殺しにするのと一緒じゃねえか、諦めんなよ」 「幽霊列車に長居しすぎた」 「まだ一週間じゃねえか、なんとかなるよ!」 「冥界トンネルん中はとびきり瘴気が濃い、あの世とこの世の狭間で次元が歪んどる。その上幽霊列車と来て、飲まず食わずの年寄りが長生きできるわけあらへんやん」 「お前さ、世界一の拝み屋の孫なんだろ。めちゃくちゃ強くて賢いんだろ。列車に乗り込んだ人間をこっち側に引き戻す方法だって」 「死にたがりを生かすんは無理や」 諭す声が冷え込む。 「連れ戻してどないすんねん。通いで世話するか、老人ホームの費用出すか、暴れたら押さえ込むんか、看取るまで付き合うんか。雅子さんは自分でここに来た。片道しか切符もらえんでも上等いうて、真っ暗なトンネルくぐった。右も左もわからんハナタレちゃうぞ、分別ある大の大人が決めたこっちゃ」 茶倉は俺より余っ程大人だ。 パジャマ姿で列車に乗った老婆を、一度たりとて「八神のばあちゃん」とは呼ばず、「雅子さん」って下の名前で呼んだ。 「俺たちは所詮ケツの青いクソガキ。カネもコネもない。誰も救えん」 「後悔したくねえ」 「もういいい烏丸、俺が悪かった」 「謝んな」 「リカが死んだのはお前のせいじゃねえ、ういの祟りのせいだ。お前は悪くねえ。茶倉も悪くねえ。よくやってくれた」 絶対にそんなキャラじゃねえ、悪友の不器用な慰めがしみる。 「足が動けば救えたんだ」 また見殺しにすんのか。 どうにもなんねえのか。 心ん中で自問し、熱を持った瞼を乱暴にこする。 「どんだけ頑張ったかて、助けてほしがっとるヤツしか救えへんねん」 悟ったフリして語る茶倉をぶん殴りたい衝動がこみ上げ、痛いほど拳を握りこむ。 「八神になんて報告する?」 「お代返上するわ」 「ビンタですむかな」 「俺も付き合うぜ」 しまらねえ掛け合いを眺めた雅子さんが、小学生の孫娘にそうしてたみたいに俺たちの頭をなで、真心こめた感謝を述べる。 「ありがとね」 だって仕方ねえじゃん。 俺はガキで茶倉もガキ、結局俺たちみんなガキで、よそんちの事情に首突っ込んで引っかき回したって責任とれねえし、どんだけ頑張ったところで雅子さんを説き伏せる言葉なんか出てこねえ。 それが死ぬほど悔しくやりきれず、従容と死を受け入れちまった雅子さんを背凭れから引っぺがし、飛び下りたくなるのを辛うじて堪える。 「こんなこと言える立場じゃないのは百も承知だけど、るいちゃんと仲良くしてあげて」 ババババ、ババババ。ババババ、ババババ。 「あの子は優しい子で」 ババババババババ、ババババババババ。 「何や、近付いてくる」 空気を攪拌する音に反応し、窓辺に歩み寄った茶倉の鼻先に、真っ赤な手形が咲く。 「ひいっ!?」 板尾が悲鳴を上げる。べたべたべたべた、外から叩き付けられた大小無数の手形がガラスを埋め尽くす。 夥しい手形が重なり合い窓を覆った矢先、列車を追撃する戦闘機のエンジンが猛然と唸り、両側のガラスが破裂した。 「きゃあっ!」 「また来た!」 冥賀トンネルの脱線事故は、入口と出口を爆撃機が挟み撃ちしたことで引き起こされた。俺が叩っ斬ったのは一機だけ、まだ片割れが残ってる。 『出口はない。終着駅もない。真っ暗いトンネルの中を永遠に走り続けるの』 「いい加減にしろよ葉月さん、関係ねえヤツ巻き込むな!死体を弔ってほしいなら場所言え、警察に通報すっから」 『熱い』 俺の非難を遮り、車両中に声が響き渡る。 『熱い熱い熱い熱い。アンタのせいで火傷した、どうしてくれんの』 「ッ!?」 天井に壁に床に座席に至る所に手形が生じる。通路の端から端まで血糊が埋め尽くし、真っ赤な絨毯が敷かれていく。窓の外じゃ戦闘機の幽霊が吠え猛り、威圧的に機銃の照準を絞る。

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