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溶け出た熱と、甘く黒い痛み。(1)
ぐらりと視界が歪んだ時、ふと、もうどうにでもなってしまえとそんなことを思った。倒れ込んだ先で彼が優しく支えてくれる。
右手に持っていたコップは机に置き損ね、俺の服へとビールがこぼれた。冷たいそれが染みていき、服の色が変わるのをボーッと見つめていると、何をしているのかと隣から呆れた声がした。
「佐久間、お前飲みすぎやって。もういい加減にせんと。そんなことしちょっからこうやって酒もこぼすんやろ」
「ありさわぁ……」
「そうやって甘えた声を出しても無駄。ほら、とりあえず退いて。服と床を拭かんといかんやろ」
顔だけ見ると怒っているように思うけれど、方言のせいで怖さが半減している。俺は謝りもせずに、有澤に抱きついた。ビールまみれのままで迷惑だろうに、それでもどうしても離れたくなかった。
「佐久間、どうしたと?」
俺の頭をぽんぽん叩きながら、片方の手で近くに置いていたタオルへと手を伸ばし、有澤は床を拭いた。
怒るのをやめたのか、無理矢理引き剥がすことはなく、俺の好きなようにさせてくれている。こんなふうに有澤はいつも俺に甘いのだ。
「有澤……っ」
初めて会った時からそうだった。穏やかな顔をして穏やかな口調で、安心感をくれる存在だった。
隣はとても居心地が良くて、何をするにもずっと一緒にいた。こうして家で飲むこともしばしばあって、俺は彼に気を許していたし、彼もそうしてくれているようだった。
人付き合いが苦手な俺だったから、優しくしてくれる有澤は誰よりも特別になって、そのうちその特別が友人を超えていることに気づいてしまった。
ゲイではないのに、有澤を好きになってしまったと、その気持ちに気づいてすぐは戸惑っていたけれど、有澤なら仕方ないとも思った。
彼は魅力的なのだ。いつも周りには人がいるし笑顔で溢れている。一緒に時間を過ごしていれば、恋愛感情を抱くのも珍しいことではないだろう。
「だから佐久間、どうしたとって。名前だけ呼ばれても俺は何も分からんよ? ちゃんと何があったか言ってくれんと」
「……っ、」
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