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貴方って人はもう(1)
「……ふ、」
「基弘 さん……」
「お前がっつきすぎだろ……」
夕方に旅館に着き、夕飯までまだ時間があるからいったんお風呂に入ろうかと浴衣に着替えた基弘さんを見たら、雰囲気を大切にそういう流れに持って行こうと思っていた決意があっけなく崩れ落ちた。
タオルやら替えの下着やらを用意している彼を後ろから抱きしめ、そのまま押し倒してしまったのが三十分前。
「背中痛い」
「あっ、」
「あ? 何だ?」
「いや……」
夜まで待てず、布団も敷いていない畳の上でだなんて、ただでさえ余裕のなさを隠せていないのに、彼に触れている間は夢中になりすぎて気づいていなかった。
「お風呂……行けそうにないので部屋の露天風呂でいいです?」
「どうしてだ? お前だって温泉楽しみにしていたじゃあないか」
「や、俺が行けないんじゃあなくて基弘さんが……」
「はぁ? 俺が何で……って、お前!」
「ごめんなさい!」
自分でも引くレベルのキスマークが全身に散りばめられ、タオルで隠すことは百パーセント不可能だ。
はぁーとわざと大きく溜息をついた彼の眉間にはしわが寄っていて、瞳には不機嫌さが浮かんでいる。
けれどそんな彼を前にしても俺は申し訳ないと心からは思わず、こうして俺のしたことに何かしら反応を示してくれることがたまらなく嬉しかった。怒られてもそれでいいんだ。
「基弘さん」
「……何だ」
「ふふ……」
「何笑ってんだよ」
呼べば返事をしてくれる。俺にウンザリした様子なのにそれでも俺のことを無視したりはしない。……愛情が感じられるだろう?
ここしばらくずっと仕事で忙しかった彼とはこのまま会えずに死んでしまうのでは? なんて馬鹿らしい思考をしてしまうまでに会えていなかったし、たとえ少しだけ会えたとしても明日は早くから仕事があると断られ、キスさえもしてもらえなかった。
お前はキスだけで終われないだろ? とまるでその先をしたいと、もっと触れたいと、そう思っているのが俺だけかのように言われ、もう何ヶ月も触れられなかったんだ。
それが今こうして二人で旅館へと泊まりに来ることができて、浴衣の基弘さんに触れることができて……。この状況に興奮しない方が馬鹿だろう。もう何と思われようが構わないと、そんな気持ちにさえなってくる。
「もう一回したいな~」
「……オレを殺す気か。そして調子に乗るな」
「だって久しぶりの基弘さんなんだもの。触れたくてたまらないですよ」
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