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3.「分からない」*真奈
「――――……」
バスルームから出てきた俊輔が、しばらくして、冷蔵庫を閉めた音が微かに聞こえた。
……水、飲みたいな。
喘ぎすぎて、声、枯れてるし。
そんな風に思いながら、でもだるくて起きる気にならなくて目を閉じていると。
少しして俊輔が部屋に入ってきて、ベッドに近づいてくる気配。
なんとなく、そのまま寝たふりを決め込んでいると、ぎし、とベッドが軋んだ。
「――――……」
不意に、唇が塞がれる。
何かと思ったら。合わさった間から、水が流れ込んできた。
ごく、と喉が引くついて。その水を、飲みこむ。
唇が、離れていく中、ゆっくりと瞳を開けたら、俊輔と、目があった。
「……起きてたのか?」
「……今、起きた」
辛うじて、そう答えたら、俊輔は持っていた水のペットボトルの蓋を閉めて、それをオレのすぐ横に放った。
「……ありがと」
水、持ってきてくれたのか………たまに、こういう、なんとなく優しいのかなということをしてくるけど。
ほんと謎で、気まぐれな感じで、正直、よく分からない。
礼を言っても何も答えずに、俊輔はベッドの端に腰かけると、タオルで自分の髪を少し乱暴に拭いた。
綺麗についた筋肉が、バスローブから見える。
顔だけ見てると、全然そんな筋肉質な感じ、しないんだけど……。
……オレ、俊輔に力で敵う気、全然しないもんな。
ただ何となく、ぼうっと見ていると、視線に気付いたらしい俊輔がふとオレに視線を向けた。
「――――……起きたなら、シャワー浴びてこいよ」
命令口調に少しムッとしながらも、逆らう気力もなく小さく頷いた。
……今、だるいけど。
正直、このままもう一度眠りたい、けど。
確かに、相当ぐちゃぐちゃだったし、シャワー、浴びた方が良い。
「……うん」
……行ってこよ……。
そう思って、ペットボトルの蓋を閉める。
俊輔が帰ってくるまではちゃんと着ていたバスローブが、ベッドの下の方に見えたので、それを手に取った。
腕を通そうとしたその時、俊輔の腕がそれを阻止した。
「……何?」
「裸で歩いて行けよ」
「――――……」
訳の分からない、こんな要求を、俊輔はたまにする。
「……何でそんな事……」
言いかけたけど、口を閉ざした。意味なんか、きっとない。
「早くしろよ」
低いけれど、良く通る声。
それが少し強い口調で言葉を吐き出す。
「――――……今更だろ。お前の裸なんか毎晩見てるんだし」
「――――……」
シーツに押しつけていた手を、そこでぎゅっと握り締める。
そういうの、何が楽しいのかな……。
ていうか……なんか楽しい訳でもなさそうだけど。ほんとに良く分からない。
男のオレに、まさかこんなようなことを望んでるとは、夢にも思わなかった。
しかも、オメガならまだ、性的な意味で少しは分かる気もするけれど。
オレはベータだし。
何がしたいんだか、俊輔の行動の意味は全然分からない。
「お前よりオレのが、お前の体、知ってるだろ?」
薄く笑いながら言った俊輔から目を逸らし、唇を噛んだままゆっくりと身体を動かした。
……これ以上は、聞いてる程に、反応する程に、ただこんな時が長く延びるだけ。
逆らっても無駄な事はもうこれまでで十分、思い知らされていた。
バスローブを離し、裸のまま、ベッドから降りる。
「……これで、いいの?」
「――――……あぁ」
ほんと。意味わかんない。
まあ、言われる通り、確かに裸は今更な気がする。
――――……でも、それよりも、こんな必要の無いことを、オレが嫌がると分かっていながら要求する俊輔と、その要求を聞かざるを得ない自分に対して、ため息が漏れそう。
「――――……」
あとほんの数歩でこの部屋を抜けて隣の部屋に行ける。
「真奈」
ギリギリのところで、後ろから俊輔に呼び止められた。
案の定、というか、今度は何を言われるのかという憂鬱さに、うんざりしながら立ち止まった。
「……こっち、向けよ」
「――――……」
ぐ、と息を止めて、そのまま振り返る。
ベッドの端に腰掛けたまま、俊輔がまっすぐに見つめてくる。
身体を見るというよりは、まっすぐに瞳を見つめてくる俊輔に、眉を潜めてしまう。
「――――……何……?」
オレのその声に、はっと我に返ったような顔をした俊輔は、一瞬オレから目を逸らして、なんだか少しだけ、ふと笑った。そしてすぐさまベッドから立ち上がり、オレに向かって歩き出した。
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