35 / 111

4.「戸惑い」*俊輔

  「来てもらって悪いな、後で先輩のバイトしてる店に顔出すことになっててさ。どこ行く?」 「どこでも良い」 「なんか話だろ? どっか個室の飲み屋でも行くか」 「ああ」 「あそこらへん行ってみる?」  凌馬が指さしたのは、すぐ目の前の飲み屋が入ってるビル。  個室があると書いてあった店に入り、飲み物を注文しおえると、凌馬が身を乗り出してきた。 「一昨日大丈夫だったのかよ? 真奈ちゃん、平気だった?」 「――――……」 「あん? 何?」 「……つーか、てめえは何でちゃん付けであいつを呼んでんだよ」  嫌そうな表情の訳をその言葉で知った凌馬は、苦笑いを浮かべて、それに応える。 「呼び捨てもおかしいだろが。何て呼べっての?」 「……ねえけど……」  凌馬は、はは、と笑って。それから探るようにオレを見つめてくる。 「で? 一昨日の今日で会いに来るなんてよ。……なんだ?」 「……それより、お前らこそ、あの後平気だったのかよ?」 「ん? あぁ。一昨日はうまく引き上げられたからな。誰も引っ張られずに済んだぜ?」 「は。良かったな」  言ったオレに、凌馬は、そんなことはどうでもいいと言う。 「こっちの事より、お前だろ。……真奈ちゃんは割と平気そうだったよな。平気じゃ無かったのはお前だろ?」 「――――……」 「あの後ひでえ事したんじゃねえの?」 「……してねえよ……別に」  応えたオレに、凌馬は唇の片端をあげて、皮肉っぽく笑って見せる。 「本当か? 鬼畜な事してそうで少し心配してたトコへ電話だろ。余計心配になったって、仕方ねえと思わねえ?」 「別に……ずっと薬使って抱いてたのを、使わなかっただけだ」 「あ? ……ずっと? ……今までずっと薬使ってたのか?」  非難めいた視線がまっすぐ遠慮なく向けられてくる。思わず視線を逸らした。 「……仕方ねえだろ」 「……お前なあ…… 止めろよな、あの子が大事なら」  ものすごいため息を付かれて、オレは眉を顰めながら、凌馬に視線を戻した。 「……弱い薬だ。常用性も後遺症も無い。……使わないで暴れられたらそっちのが傷つける」 「何かすげえ間違ってる気ぃすんだけど……。一応、お前なりには大事にしてるっつーの?」 「……別にそういうんじゃねえよ」  嫌そうに応えたオレを、しばらく無言で見守った後。 「……ふうん……なあ、俊輔」  口調を変えて、凌馬は腕を組み、まっすぐにオレを覗き込んだ。 「……何でお前、あの子、好きなの?」  その質問には、何だか一気に不機嫌になるオレ。 「は? ……誰が好きなんて言ったよ」  その言葉に、凌馬の方まで怪訝そうな顔。 「んだ? ……好きじゃねえっつーの?」 「……しらねえよ」 「はあ?知らない?」 「……好きかどうかなんて、わかんねえ」 「――――……」  一瞬、凌馬は言葉を失ったようで、しばらく無言で見つめ合うような感じ。 「――――……ほんとにお前は……」  しょうがねえなあ、と言いながら、呆れたように笑う凌馬。 「好かれたいなら、それなりに優しくしてやんな」 「……んなこと、言ってねえだろ」  そう答えたというのに。 「まあ、女じゃないから喜ぶかはわかんねえけど……優しくしてやるとか、プレゼントやるとか……真奈ちゃんて、誕生日いつなんだ?」 「……しらねえな」  勝手に話を進める凌馬に、一言答えると。 「しらねえの?」 「ああ。……聞いてねえし」 「はあ~?」  凌馬は心底呆れたような顔をしてオレを見やる。 「もしかして全然話とか、しねえの?」 「……ああ。何話せっつーの、あいつと。楽しく世間話しろっての?」 「……っっっとに、どーしようもねえな……お前は」 「……るせ」 「大事なら、ちゃんと大事にしてやれよ。始まりはどうであれ―――……どっちにしてもお前のとこに住んでんだろ? 時間はたっぷりあんじゃねえか」 「……何の時間だよ」 「……決まってんだろうが。 好きになって貰う努力をする時間」 「……馬鹿言ってんじゃねえよ、何でオレが」 「絶対ぇ、そうした方が良いと思うぜ。 後になって後悔したって、遅ぇと思うけどな」 「……しねえよ、後悔なんか」 「……ならいいけどな。 後で泣きついたって知らねえぜ?」 「誰が」  凌馬の言い方に、ムッとして、言い返そうとした瞬間。 凌馬はその手をオレの目の前でヒラヒラ振った。 「はいはい。分かった分かった。とりあえず、オレは思う事は言ったから。肯定も否定も、しなくていいぜ」  ニヤニヤ笑う凌馬に、オレはなんだかムカつきながら椅子の背もたれに背中を預けた。 「こんなやつ助けようとして、ナイフの前に飛び出すとか。変わってんなぁ、あの子」 「――――……」 「そういうとこ、好きなの?」 「黙れ、馬鹿」 「ははっ」  また可笑しそうに笑う凌馬。  「そういやお前、何で電話してきたんだ? オレも連絡しようと思ってたからちょうど良かったけどよ」 「……何となく、だな」  授業が頭に入らなくて、なんとなくお前の顔が浮かんだんだけど……。どっちの理由も言いたくない感じなので、そう言った。 「……あ、そ」  凌馬は何か言いたげにしながらも言わず、クスッと笑って、オレを見つめる。  ほんと。  ……なんだかな。  何が話したかったんだか。  自分でもよく分からない。

ともだちにシェアしよう!