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3.「何で」*俊輔

「――――……」  授業が頭に入ってこない。教授の声がものすごく遠くで聞こえる。  静かにため息を付いた。  土曜の集会で喧嘩になり、真奈が急にオレの前に立ちふさがって、その後ナイフが見えた時。真奈が刺されるかと思って、情けないことに、身が竦んだ。一瞬、反応が遅れたのは、そのせい。  凌馬が止めてくれたから、良かったが。  もしかしたら……万一刺されたりして、場所が悪かったりしたら、真奈が死んでいたかもと思うと。  ざわ、と鳥肌が立って……。思わず怒鳴りつけて、いた。  バイクに乗ってしばらく走っていても、あの光景と、一瞬の感覚が離れなくて、体の芯が冷たかった。  苛ついて無理矢理抱こうとしたり――――……怖がられて、また苛ついたり。  最近、感情の起伏が激し過ぎる。 自分でも分かってる。  それを全部外に出しているつもりはないけれど。 真奈に会う前とは、明らかに違う。  『そんな風に……俊輔が居なくなればいいなんて……思ってないし……死んだ方がいいなんて、思ってない…』  真奈の言った言葉が――――…… 離れない。  あいつはそういう奴だ。  クスリでトラブルになるような馬鹿な友達のために、族のトップんトコまで来るような。  勢いだったとしても、自分がどうなってもいい、なんて言っちまえるような。  そういう奴で……だから、オレは最初、むかついて……。  なのに昨日は。  明らかに真奈が腕の中に在ることを確認したくて、抱いた。  初めて、薬を使わずに、最後まで。  ――――……薬を使わなかったらどうなるんだろうと、途中からずっと思っていた。  薬無しで体を開くなんてアリエナイと思うから、今までずっと試しもしなかった。  なのに、薬を使わなかった昨日の真奈の反応はいつもとほとんど変わらなくて。  真奈が本気で泣き出しても、やめる事が、出来なかった。  朝、いつもよりもぐったりとして、眠りこんだままの真奈を置いて出かけた。色々用事があって、結局帰ったのは深夜だった。寝ているのを起こさず、触れずに、そのまま今朝早く大学に来た。  だから、薬を使わずに抱いてからは、会っていない。    何で真奈は、オレの事まで、普通に、庇うんだ。  何も考えずに飛び出たとか。  ……普通そこは考えるだろ。オレを助けるメリットなんかないだろうに。  ……何であいつは、ああなんだ。  馬鹿じゃねえのか。  けれど、そんな真奈を、どう思ってるのかと言うと。  ……全然、自分の感情が分からない。  髪を掻き上げて、ふぅと息を付いた。教授の声は相変わらず頭に入ってこない。  それでもようやく五限まで受け終えて、終わると同時に立ち上がった。 「あれ、神尾、急ぎ?」  隣にいた奴に、声を掛けられる。 「あぁ。今日は急ぎ。じゃあな」 「んーじゃあなー」  周りに居た奴らに適当に別れを告げて、教室を出た。  大学の知り合いは誰も、オレの家の事も、族の事も何も知らない。故に、普通に話しかけてくる。  知り合いが居る事は何かの時に役立つと思って適当につるむ事はあるけれど、深い話をするような仲ではないし、そんな仲になる気もないから、その程度。  そっと教室を抜け出して、歩き出す。スマホを取り出して、凌馬を呼び出した。 『よお。俊輔?』 「凌馬、今どこだ?」 『ガッコ。ああ、今さっき終わったとこだけどな』 「どっかで会おうぜ」 『んーじゃこっちの駅まで出て来れるか?』 「ああ、行く。今から向かう」  約束を取り付けて電話を切ると、早足で大学を離れ、駅へと向かった。  電車を乗り継いで、待ち合わせた駅にたどり着く。  改札の端で待っていると、少し遠くからでもやたらに目立つ男が歩いてくるのが分かった。  ――――……っとに、目立つな。  そう思いながら、凌馬に向かって歩き出す。 「よお、俊輔。つか、お前はほんと、目立つな。遠くからでもお前がどこに居るかすぐ分かる」  クックッと笑いながら言う凌馬に、自分も同じように思っていたせいもあって、苦笑い。

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