66 / 139

4.「外へ」*真奈

  「夕飯は別の者に運ばせますから……真奈さん?」 「あ、……はい?」 「大丈夫ですか? 気分、悪いですか?」 「……いえ」  心配そうに言われて、首を振る。  ここを出るということだけが頭にあって、西条さんの言葉が頭に入ってこない。 「今夜は若と一緒に帰ってきます。……ここに若をお連れしますね?」 「……」  西条さんを見上げる。  何を思ったのか、西条さんは苦笑いを浮かべた。 「手荒な事はさせません。若もなさらないと思います。不安かもしれませんが、私が約束します。絶対させませんから」 「――――……」 「何か、欲しいものはありますか?」 「……大丈夫です」  西条さんが屋敷を出たら――――…… 逃げ出す訳で。  ……後ろめたくて、どうしようもない。  俊輔の為に仕方なく面倒を見てるのだとしても、それでも昨日一昨日は、多分俊輔に逆らってでも、ここに隠してくれた訳で。  優しくしてくれてるのに、これで逃げ出したら、西条さんのせいになったり、しちゃうのかな……。  大丈夫、かな……。 「じゃ出かけてきますね。何かあったら電話をください。出られない時でも折り返しますから」   頷くと、西条さんが部屋を開けようと、ドアのノブに触れた。 「……っ西条さん」 「はい?」 「……ありがとう、ございました……色々……」 「……いえ」  呼びかけたは良いけれど、何も言う言葉を持たなかったオレは、辛うじて礼を告げた。  すると一瞬不思議そうな顔をしながらも、西条さんはふっと笑みを浮かべて首を振ると、ゆっくりとドアの向こうに消えていった。  力を失って、息を付く。  それから、どれ位時間が経ったか。  梨花が部屋を覗いて、西条さんが出かけてしばらく経ったから、と言った。起き上がって、俊輔の部屋に寄って、オレは服を着替えた。  広すぎる玄関で靴を履いて、玄関の外に居た数人の間に紛れ込んだまま、屋敷の敷地内に停めてあったワゴン車に乗り込んだ。  梨花が門を開けるように頼んだみたいで、車で近づくと簡単に門は開き、車は門の外に抜け出た。 「――――……」  あまりにあっけなさ過ぎて、拍子抜けする位だった。  一人で抜け出すのは、極端に難しいと思ってた。そもそも門が開かないし。屋敷から出る時バレるし。  たかが門を開けてくれる人間が一人居ると、こんなに簡単に抜け出ることが出来るんだ。  あの屋敷から、外に出ることは。  こんなに、簡単なこと、だったんだ。  絶対出られない場所、みたいに思ってた。   「どこで下ろせばいいんだ?」 「好きなトコで下ろしてやれって言われてんだけど?」  運転してる奴らに話しかけられて、ふと考える。 「……オレを下ろした後はどこに?」 「金入ったし、どっか遊び行くけど」 「……じゃあ、そこに向かう途中で、どこかの駅の近くで下ろしてもらえれば」 「OK」  どう見たって、柄も素行も悪そうな、連中。  金が入ったって言ってるってことは――――……金で雇ったってことなのか……。  つか、どんな一族だよ、大体。  もうあの一族には関わりたく、ない。  ……逃げ出したりして、ものすごく頼みにくいけど、秀人のことを、西条さんに何とか頼めたら……。  でもきっと、西条さんだって、オレの存在は本当は邪魔なはずだし。何とかなる気がする……。  それから、この金も当面生活する上で少し借りるけど、絶対返そう。なんなら父親に連絡してみるのもありかもしれない。  父はオレが、世話になってる先輩の家に居ると思ってる。最初に俊輔の家に居ることが決まった時に、西条さんも一緒に電話に出て、ものすごくうまく話してた。絶対何も疑わずそう思ってると思うけど。  ……まあ基本、オレのことは、あの人に関係ないし。  キレイさっぱり返して、もうそれで、あんな世界とは、おさらばだ。  俊輔とももう、これっきり、だ。  ……それで、良いんだ。  どんどん屋敷から離れていく景色を目で追いながら、オレは、繰り返し何度も、心の中で呟いていた。

ともだちにシェアしよう!