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9.「後悔」4*俊輔

   オレの部屋から大分離れた客室の前で、和義が立ち止まった。 「見てきます。お待ちください」  一人で部屋に入って、すぐに戻ってきた。 「……ぐっすり眠っているので大丈夫だと思いますが、絶対に起こさないと約束できますか」 「する」 「……もう二度と、あんな風に傷つけないと、約束出来ますか……?」 「約束する」  どうせ昨日から自己嫌悪と後悔の連続だ。  最低な気分だった。  もう、二度としない。 「それから……真奈さんと私の約束。私が破った事、内緒ですよ」 「――――……」 「……信用されなくなるのは嫌ですからね」  くす、と笑った和義に、何だか意外に思いながら、頷く。 「今オレがここに居る事は、忘れろよ。どうせ真奈には認識されない。今日のオレは、真奈の居所は知らないし、明日以降、勝手にここに来たりもしない。それで良いんだろ」 「はい。私も、ここから数分間の事は自分でも忘れます」  苦笑いを浮かべながら言った和義に、悪い、とだけ告げて。  和義の開けたドアから、中に入った。すぐに寝ている真奈が見える。 「……少ししたら、ちゃんと部屋に戻る。休んで良い」 「はい」  静かに和義がドアを閉めた。  「――――……」  真奈の寝ているベッドに静かに近づいて、真奈を見下ろす。  手首の包帯があまりに痛々しくて、思わず眉を顰めた。  そんなにきつく、縛っただろうか。  静かに、ベッドの端に腰かけて、真奈を近くで見つめる。  よく眠っているので、そっと額に触れると、まだ熱い。いつもの体温とは比べ物にならない。 「――――……ン ……」  小さな吐息のような声を漏らして、真奈が少し苦しそうに眉を寄せた。  ……真奈……。    目を覚ましたら。   ――――……どんな風にでも、詫びるつもりだけど。  ……許して、くれるだろうか。  オレをもう一度、まっすぐ、見つめてくれるだろうか。  あの時、あんなに、泣いていたのに。  ……あんなに、痛めつけたオレと、また話してくれるだろうか。   柄にもない心配が、心に巡る。  本当に、柄じゃないとは思うのだけれど。……そう思う。  梨花に何か言われて、きっと、自分がここにいることを嫌だと思った。抱かれてる自分のことも、抱いてるオレのことも、嫌だと思ったに違いない。ちゃんと考えれば、すぐ、分かったはずなのに。  ……お前に拒否られて、冷静に考えられなかった、なんて。意味が分からないよな……。 「――――……」    長いこと顔を見ていなかった気がして、結局和義に呼ばれる迄、立ち上がって離れる事すら出来ず。  ただじっと、真奈を見つめているだけだった。 ◇ ◇ ◇ ◇    翌日は、結局今夜までは真奈を静かに寝かせると、和義に言われた。  前日にまだ下がっていなかった熱の事も気になって、だから、もう一晩、我慢する事にした。  けれど、どうしても、真奈の顔が見たくて、声が聞きたくて。  苛つきを、結局アルコールで誤魔化してその夜を過ごした。  今日は学校の後、和義とある屋敷へ行かなければならず、待ち合わせの場所を決めてから、屋敷を出た。  用事は、父親の使い。こんな時にと、余計腹立たしく、和義に文句を言いながら仕方なく向かった。  夕飯など不要だという心からの断りを遠慮だと決めつけられ、無下にも出来ず食べさせられて帰ってきて、不機嫌極まりなかった。  結局屋敷に戻ったのは、二十時を過ぎていた。車を降りてから屋敷へと進む都度、自然と早足になる。  玄関を開けて中に入り、いつもなら飛び出して迎えに来る梨花が、出てこないことに気付いた。 「和義、梨花は? 帰ったのか?」  そういえば昨日の夜も見なかった。そう思いながら尋ねると、和義は、首を傾げた。 「いえ? 今日はご友人が来ると言ってましたから……まだご友人が居らっしゃるのではないでしょうか?」 「人を連れ込むなら帰ってからしろよ……」  呆れたように言ったオレに、和義は困ったように告げる。 「若がお相手をなさらないから、ご不満なんでしょう」 「……知るかよ。 突然来てそんな勝手な事……」  言ってから、オレは言葉を止めた。 「……前も突然だったか」  前は相手をしてやっていた気もする。  和義は少し視線を落とすけれど、特に何も言わなかった。 「……真奈の事が落ち着いたら、梨花をどこか連れていってやってから、帰すか……」 「それがよろしいかもしれませんね」  自身の部屋に辿り着き、着ていたジャケットを椅子に掛けた。 「和義。真奈の所に行く」 「……はい」 「部屋に連れ戻すぞ」 「分かってます。ですが、若のお相手は無理ですから。お分かりですよね?」 「言われなくても分かってる」  眉を顰めたオレに、少しだけ笑みを作って、和義はドアを開けた。 「真奈さんに先にお伝えしてきます。少ししたらいらして下さい」 「ああ」  ドアの向こうに消えた和義に、少しため息を付きながら、オレはソファに腰掛けて、ネクタイを緩めた。   「――――……」    何か真奈に対して すっげぇ、過保護だな、アイツ。  そんな和義が少し不思議で、何だかおかしい。    ……オレに変わったとか言ってるが――――…… あいつだって、変わった気がする。  しばらくそんなことをを考えていたけれど、我慢できなくなって、髪を掻き上げながら立ち上がる。  そろそろ良いだろうかと開けようとしたドアが、向こうから勢い良く開かれた。 「……和義?」  和義の顔を見た瞬間、オレは眉を顰めてしまう。  ノックも無しのこんな扉の開け方を、和義が普通の状態でする訳がない。 「何だ?」 「若……」  和義が言い淀むなんて、滅多にない。 「……何だ! 早く言え」  真奈に何かあったのか。  口調が知らず、きつくなる。

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